カメラ・オブスキュラ



「国王陛下。これはとても珍しい道具で、『カメラ・オブスキュラ』というものでございます」
「ううむ。初めて見るものだが…」
「さようでございます。そこらの店には、けして置いてはございません。世にも珍しい、これは偉大な道具でございますよ」
「ほう。どんな――」
「ねえ、それはいったいどんな風に珍しいの!?」
サントハイム城謁見の間。サントハイム国王と、一人娘の姫アリーナの前で、旅の商人は「カメラ・オブスキュラ」という道具を、二人の眼前に差し出した。
部屋にはほかに大臣と姫の教育係ブライがおり、胡散臭そうに商人を見ている。
国王に続きも言わせず、アリーナはその道具に興味を持ち、先ほどまでの会話になったというわけだ。

「では姫様、この箱の中を覗いてご覧になってください」
アリーナは興味津々で箱に目を寄せる。
国王は怪しいと思い、止めようとしたが、すばやいアリーナの身のこなしには止める言葉も間に合わなかった。

「わあ!すごいわ!!景色がこの小さな箱の中に映ってるわ!」
「どうですか?これにはまだ機能がございまして、この紙にこのまま像を写しこんで、取っておくことができるのです」
「うわー!すごい、すごい!!お父様もご覧になって!大臣もブライも!!」

結局部屋の全員が「カメラ・オブスキュラ」を見て、感嘆の声を上げることになった。

「ねえ、お父様。いいでしょう?これ…この『カメなんとか』を買って!ねえ、お願い!」
「ううむ…しかし、これはいささか高価のようだ。我が城の財産は、すなわち国民の税金であるがゆえに…」
「姫。無理をおっしゃってはなりませぬぞ。陛下もお困りではありませぬか」
「いや、ブライ。実はわしもこれが欲しいのだ。しばらく節約して暮らせばなんとかなろう。よし、アリーナ、これを買うことにしよう」
「ありがとう!お父様!」
ブライも大臣も、まったく王は姫様に甘いのだから、と内心苦々しい気持ちでいる。


「クリフトいるー!?」
いつものように激しく扉を開きながら、アリーナが城内の教会に駆け込んできた。
神父は毎度のことだからもう何も言わないが、クリフトはいちいち注意をする。
「姫様。扉は静かにお開けに――」
「扉は静かにお開けになって、ノックも忘れてはなりませんよ。でしょう?わかった、わかった」
クリフトは苦笑する。神父はそんな二人を見て笑っている。

「姫様、何か御用事でも」
「そうそう!ねえ見てこれ!」
「何でしょうか、これは?」
「『カメ』…『カメなんとか』よ」
「『亀』でございますか、これが?」
クリフトにしては、とんちんかんな台詞で、アリーナは噴き出した。

「違う、違う。なんかね、像を写しこんで取っておく…なんかそんなのよ」
「ああ『カメラ・オブスキュラ』でしょう」
「クリフト、どうして知ってるの!」
「以前書物で読んだことがございます。しかし実物を見たのはこれが初めてです。そうですか、これが『カメラ・オブスキュラ』ですか…。初めてこのような不思議な道具を見ることができました。姫様、ありがとうございます。よろしければ、私だけでなく神父様にもお見せしたいと思いますが…」
「うん、いいよ。クリフト持ってて」
「え?いえいえ、そんな。私はそんな意味で申したのでは」
「はじめからクリフトにあげようと思ってたのよ」
「え…?」
「クリフトって、図書室によくこもりっきりで、せっせと書物を写してるでしょう?お父様が、本は自由に借りていっていいぞ、とおっしゃってるのに」
「いつまでもお借りするわけには参りません。それに書物を写すことで、なおいっそう勉強になります」
「でも大変じゃない?厚い本もあるし」
「それはまあ…」
「そこでこの『カメ』の出番となるわけよ。これにページを写しこんでおけば、いちいち手書きで写さなく てもいいでしょ?」
「はい、それはそうですが…。え?まさか、姫様はそのためにこれを?」
「うん、だって大変そうだったもの。こんなのがあればクリフトもラクチンだろうなあって、いつも思ってたのよ」
「…………」
「どうしたの?やっぱこんなのいらない?」
「姫様」
「な、何よ。そーんな真面目な顔しちゃって。いつも真面目だけど今のクリフト、真面目すぎ」
「ありがとうございます」
「そんなにかしこまらなくてもいいのにー。じゃ、これクリフトにあげるから使ってね。神父様、後でクリフトに見せてもらってね!じゃあ!」
また扉が勢いよく閉じられ、静かになった。


「クリフト。よいものをいただいたな」
「はい、神父様。私にはもったいなくて…」
「まあ、それは書物を写す以外にも用途があるしな」
「えっ?えっ?し、神父様、わ、わ、私は、その、あのですね」
神父はくっくっと笑っている。
「おからかいにならないでください……」




その後、カメラ・オブスキュラは、クリフトの勉強に使われたのはもちろん……。
せっかくなので被写体を絞っているクリフトの、台詞を聞いてみよう。


「姫様……まぶしすぎて撮れませんよ!」
あーあ…色ボケ神官……。







カメラの歴史としては、間違っていますが
(カメラ・オブスキュラは箱の中の画像を見ながら
手書きで書いていくもの)
そこは突っ込まないでください。



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