「なーに、読んでるの?」 図書室の静寂を破る、愛しい人の声。 「姫様、図書室では」 「静かに、でしょう?クリフトと私しかいないのに」 二人きりということに、クリフトは一瞬どきりとする。 小さな手が、開いていたページを容赦なく閉じた。手の持ち主は表紙を見る。 「なになに?【将来の科学・空想物語】? クリフトらしくない本ね。神学の本じゃないじゃない」 「たまには、こんな本も読んでいるんです。結構面白いんですよ。たとえば…」 「あ、だめ。私にこの本の内容話されても困るわ。わかんないんだもん」 「いえいえ、そんな難しい本ではありません。姫様、もし、見えない相手と話せたらどう思いますか?」 「ええ?そんなことできっこないじゃない」 クリフトはページをめくる。 「このページにあるんです、いつの日か、人類は近くにいずとも話をできる機械を発明するだろう。どんなに遠くに離れていても、たとえ、相手が外国に住んでいても、その機械さえ使えば話すことができるのだ、と。こんな機械が、実際に作れたらすごいことでしょうね」 「その機械ができたら、どんなことに使うわけ?」 「え?それは…そうですね、たとえば、姫様が遠くにお出かけのときでも、国王陛下といつでも連絡がつくわけです。どんなに陛下が安心なさるか」 「つまらないわよ、そんなの。いっつもお父様に見張られてるみたいじゃないの」 「あくまで空想の機械ですから」 「それに」 「?」 「相手と目を合わせて話すから楽しいんじゃないの、こんなふうに。その機械でクリフトと離れて話したって楽しくないと思うわ」 「……は…」 「だってそうでしょ。クリフトがその機械で私にお小言言ったって、ちっとも効き目ないわよ、たぶん。実際に会って話すことこそ大事だわ」 「そう…ですね……」 「そうよ。なんでも隠し事って良くないわよ」 「は?」 「だってその機械があったら、顔が見えないんだから、相手の本当の気持ちがわからないわ。思ってもいないことだって言えちゃうじゃないの。表情を窺うことも武術の大事な基本なのよ」 話が脱線しているが、アリーナの言うことも一理ある。 「ね、だからそんなややこしい機械ないほうがいいのよ」 「でも、この機械にはいいことだってあるような気がするんです」 「ふうん。どんな?」 「今、姫様は、思ってもいないことだって言えてしまう、とおっしゃいましたが、逆に、面と向かっては言えないことだってその機械を通せば言える、ということもあるのではないでしょうか」 「へえ、クリフトは、私に何か言いたいことあるの?」 「ど、ど、どうしてそうなるんですか」 「だって。言いたいことがあるのに言えないって、それは私か、あるいは、お父様に、何か言いたいことがあるんじゃないの、それならそうとちゃんと言いなさい。さっきも言ったけど隠し事は良くないわ」 「違いますよ、隠し事なんてしてません」 「そう?」 「ええ。姫様がおっしゃるとおりです、この機械はよくありませんね。会って話すことが大事ですよね」 クリフトは本を閉じて優しく微笑んだ。 「お茶にしましょうか」 「うん!」 「ありがとうございます、姫様」 「え?何が?」 「いえ、こちらのことです」 「変なの」 そう言って、アリーナは少し肩をすくめた。 この機械があれば――。 あなたに言えない「好きです」の一言が言えるかもしれないと思ったのだけど。 面と向かって言えない「好きです」が言えるかもしれないと思ったのだけど。 それは僕の卑怯な考え。 あなたの言うとおり。 目を見て話すことが大事なのだ。 大事なことを忘れていた僕を、あなたは優しく叱るのだ。 ありがとう。 いつか。 あなたに、きちんと言えるようになる日が来るまで。 その勇気が持てる日が来るまで。 どうか、この機械が発明されませんように。 |