紫陽花




「ずいぶん長く降ってるわね、ずっと外に出られないし退屈だわ」
ここのところの長雨でアリーナは体力をもてあまし気味である。
さりとて外で武術の練習をするわけにもいかず、窓の外を眺めている日が続いていた。
勇者一行も雨には勝てず小休止状態で、宿屋に連泊を余儀なくされている。


クリフトが提案する。
「姫様、外で体を動かすわけにはまいりませんが、気晴らしに近くを散歩してみましょうか」
「散歩ねえ……。ほんとは思い切り体を動かしたいんだけど、こうしてこもりっきりもつまんないし、いいわ、行きましょう」
「ではブライ様に外出する旨を……」
「そんなのいいわよ、ちょっと出かけるだけだもの、行こ行こ」
「え?今すぐですか?どなたか一緒に行ってくださる方をお頼みしないと…」
「クリフトが行くんでしょ」
「ええ、それはそうなんですが」
「じゃあ、いいじゃない、その辺歩くだけなのに、かえってみんなに迷惑よ」
それもそうだとクリフトは考えて、結局二人で出かけることになった。


「姫様、傘を……」
言い終わる前にクリフトの傘の中にアリーナが入ってきた。
「姫様!」
「すごく降ってるわけじゃないし、めんどくさいから一緒に入れてよ、ね」
「は、はあ……」
あまり大きくない傘の中に二人という空間でクリフトは脈が上がり気味になる。


「それにしてもずっと降ってるわね、この辺はこんなに長く雨が降るのかしら」
「そうですね」
通りを歩いていると色を変え始めた紫陽花が咲いていた。
「わー、綺麗ね!見事な大きさだし。今から青くなるのかしら?」
「美しいですね、紫陽花は土によっても色が変わるのだそうですよ」
「ええー、そうなの!じゃあピンクが咲きやすい土とか紫が咲きやすい土とかあるのかしら?」
「あるんでしょうか、しかしどの色の紫陽花も美しいですね」

「紫陽花ってクリフトみたいな花なんだなあ」
「えっ…?あの…紫陽花の色を変えるところがですか?私はそんなに移り気に見えますか?」
クリフトはアリーナにそう見られているのかと少しショックだった。
「違うわよ。今、クリフトは、紫陽花は土によって色が変わるって言ったわ。
クリフトは相手が誰でもどんな人でもちゃんと合わせることができる、みんなに優しいわ。
私はそれがなかなかできないの。王女である以上、そうありたいんだけどクリフトみたいにはできないわ。
そういう、人に合わせることができるってところが、土に合わせることができる紫陽花みたいだなって思ったの」
「……私は不器用なんですよ、きっと八方美人なんでしょう」
「無理して短所にすることないわよ。紫陽花は土に自分を合わせて色を変えるかもしれないけど、美しいってことは変わらないわ。
クリフトもそうね、あなた自身であることは芯が通ってるわ」
雨のせいか、話題のせいか、いつもよりアリーナが大人びて見えてクリフトはどぎまぎしてしまう。
こんなに近い傘の中。


「でもね。誰にでも優しいからちょっとくやしいわね」
「はい?」
「私はこれになるわ」
紫陽花の葉についていたカタツムリをアリーナは指差した。
「カタツムリですか」
「そうよ、紫陽花の邪魔をしないで、でも紫陽花に寄り添ってて似合ってて。いつも紫陽花と一緒で」
「あの」
「カタツムリだったら紫陽花のクリフトと一緒にいられるからね」
完全に顔が赤くなるのを自覚して、クリフトはアリーナが自分を見ないでくれるようにと心底願った。
きっと今の自分は紫陽花のごとく顔色が変わっていることだろう。


「おやおや、表で声がすると思ったらこれはかわいいカップルだねえ」
家の中から老婦人が出てきた。
「あの!べ、別に私たちはカップルというわけでは――」
クリフトが口を挟んだのを、アリーナはわき腹を小突いてやめさせた。
「おばあさま、こんにちは。綺麗な紫陽花ですね」
「見事なもんじゃろ?お嬢さん、一つ持っていきなさい」
「いただいていいんですか?うれしいです」
「ふふふ、私もその昔、今のあんたたちみたいに紫陽花を見てたよ」
「え?」
「若い頃、相合傘で紫陽花を見ててねえ。それが今のじいさんだよ。そのときにやっぱり紫陽花をもらったのさ」
「おばあさまの思い出の花なんですね」
「ふふん、あんたたちにもいい思い出になるといいねえ、さあ持っていきなさい」
「ありがとうございます」
クリフトは何も言えない。
「そこのお兄さんや」
「は、はい」
「かわいい彼女じゃないかね、雨と紫陽花がよく似合うように、あんたたちもお似合いだよ、しっかり頑張りな」
「え、え、あの」
「おばあさま、どうもありがとう!」
アリーナは大声で礼を言うとクリフトにウインクして見せた。


歩き出したアリーナが濡れないように、慌ててクリフトは傘を差し伸べる。
「だめじゃないですか、あのような勘違いをそのままにしては……」
「別にいいじゃない、どうせ知らない人だもの」
「姫様はサントハイムの王女なのですよ、どこからどういう噂が広まるか……」
「いいわよ、広まったって」
「姫様!」
「相手があなただもの」
「…え……?」
「これがブライとかだったらさすがに考えるけど、クリフトだからいいわよ」
「そ、それはちょっと」
「それとも困る?私が相手だと」
「とんでもない!ですが!」



アリーナは立ち止まった。傘の中でクリフトを見上げる。



「クリフト、私はあなたの博愛精神をとても尊敬してるけれど、たまには小さなカタツムリの感情も考えて欲しいわねー」
「は………」


丸い紫陽花を抱えたままアリーナは少し笑って見せた。
クリフトは傘を落としそうになった。


クリフトはこの雨に今、心から感謝していた。



「ブライが心配するわ、もう帰りましょう」
「あ、あの、姫様」
「何?」
「私はですね、その、みなさんに優しくしてるつもりはなくて、その、一番に思っているのはですね」
そこまで言いかけたとき、モンスターが現れた!



「やったー!やっと体が動かせるわ!クリフト、紫陽花持っててね!」
嬉々として戦いはじめたアリーナを見てクリフトは最後の言葉を飲み込んで苦笑した。



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紫陽花の色が決まるのは土の影響だけではないのですが
まあ詳しいことは専門サイトでもご覧下さい(笑)。








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