クレマチス




それは、ちょっとしたことからだった。


「いったーい、痛い、痛い!ミネア!ミネアはどこ!?」
マーニャが大声で、宿屋の廊下を駆けてくる。
「いったいどうなさったのですか」
クリフトは、自分の部屋に入るところだったが、マーニャの慌てぶりを見て声をかけた。
「あ!クリフト、いいとこにいた!ね、ホイミして!ほら、ここ!」
マーニャは薬指を見せた。赤い爪の中に、棘が刺さっているのが見て取れる。
結構深く刺さっており、血が溜まり始めていた。

「これは…棘を最初に抜いた方がいいですね…。とにかく部屋に入ってください」
「いいよ、痛いから、今ここでホイミしてよ!ほらすぐ!」
「仕方ありませんね…では…」
そう言うと、クリフトはマーニャの薬指を取り、ホイミをかけた。


アリーナとミネアが、洗濯物を山のように抱え、そこに来たのだった。
「クリフト?」
「姉さん?」
二人同時に素っ頓狂な声を出す。


クリフトは、マーニャの手にキスをしていた。
いや、そういう風に二人からは見えたのだ。


マーニャが、アリーナたちに気づく。
「あ、ミネア、もう洗濯物乾いたの?うん、痛くなくなったよ、クリフト、ありがと」
「いいえ、注意なさってください」
「うん、わかった、わかった。ミネア、部屋行こ」
ミネアは釈然としないものを感じながら、マーニャと部屋に消えた。


「姫様、どうなさいました?」
クリフトは呆然としているアリーナに尋ねた。
「え…?え、ううん、別に…」
「なんかご様子が変ですよ」
「そ、そうかな?」
「具合が悪くていらっしゃるのでは?」
「そんなことないわよ、じゃあね」
アリーナはそそくさと部屋に入ってしまった。



マーニャは部屋で驚きの声を上げる。
「えーっ!!ミネアったら、そんな勘違いしてたの!?」
「だって、そう見えたんだもの」
「クリフトがそんなことできるわけないじゃないのー。あの堅物は、このマーニャ様の魅力にまったく気づかないんだから」
「で、でも、アリーナさんはきっと…」
「うん?ああ、そっか、面白くなりそうねえ」
「姉さん!」




アリーナは、クリフトの行為を勘繰りたくはないのだが、なぜ、あんなことをしていたのかわからずにいた。
部屋に入って考える。

クリフトはマーニャに何してたんだろう。
いや、それは見てわかる。
キスだった。手の甲にキスするのは…。
それは私も何度も経験あるけど…。
そうよ、公式な行事の時には、いつもお客様が私の手の甲にキスしていかれたわ…。
だから、あれはそんな深い意味ないのよ…。

ないに決まってるじゃない。
ないのかなあ…。
こんなところであんなキスするかなあ…。




クリフトは、アリーナの様子におかしなものを感じながらも、なぜ、そうなのかがわからずにいた。
部屋に入って考える。

姫様はどうしてそっけなくていらっしゃったのだろう。
今日の戦闘中は…姫様は会心の一撃が3回だった…。これは、普通より少し少なかったな…。
これかな原因は…。
私は、姫様にベホマを2回、ブライ様にべホイミをかけて…。
いや、こんなのが原因になるはずはない…。私のせいではないはず…。

ないに決まっている。
ないのだろうか…。
こんな風に姫様がおなりなのはおかしい…。





クリフトは、ふと窓を見た。
出窓のプランターにピンクの色のクレマチス…。



氷解した。



クリフトはアリーナの部屋に駆け出した。
「そーら、はじまった」
マーニャは、ドアに耳を当てている。
ミネアは苦笑している。



「姫様!姫様、ドアを開けてください!」
いつものクリフトらしくない慌て方に、アリーナは急いでドアを開ける。
「クリフト、どうしたの?」
「窓を、窓をご覧ください」
「え?」


アリーナの部屋にもクレマチスの花。

「カザグルマ (クレマチスの一種) じゃない」
「ええ」
「どうかしたの?」
「姫様。疑っておられたのでしょう」

アリーナは一瞬、ほんの一瞬、表情が変わった。

「え…?ど、どういうこと?」
「クレマチスの花が教えてくれました」
「…嘘」
「いいえ、嘘ではありません」



クリフトは花びらを1枚取る。
「クレマチスの花言葉が教えてくれたのです、姫様、私は…」



「クリフトが…」
「私の……」



クリフトは、次の言葉を言えなかった。
「やめましょう、まだ、私たちにはやらなければいけないことがたくさんあるんですから…」
アリーナは、なんとなくクリフトの思いがわかったような気がして、うなずいた。
「…うん…。ねえ、ところでその花の花言葉は何なの?」
「『疑惑』です」
「!!」


「この花びらをちぎってしまった私は、もう姫様に疑惑をかけられたりしませんよ」
「疑惑だなんて…」
「姫様」
「なに?」




「姫様。うれしかったのです」





ああ、クリフトもアリーナも。
クレマチスに負けないくらい赤い顔。





「いやあ、よかった、よかった、万事丸く収まったわね」
マーニャはミネアにウインクした。
「私は占い師よ、こんなのわかってたもの」
ミネアは胸を張る。
「そう?その割にはずいぶん花びらをちぎってるじゃない。何の花占いなのよ」
「え?ちょ、ちょっと、違う占いもいいかなって」
「嘘つけ」
マーニャはクレマチスの花びらを投げつけた。



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クレマチスって、テッセンやカザグルマの総称なのだそうです。 知らないことって多いものだと、再認識させられました。








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