エニシダ




エニシダの山吹色があなたにとても似合うから。
この蝶の形をした花があなたの髪にとても似合っていたから。

この時期になるとエニシダをどうしても見てしまう。
エニシダの前で立ち止まって見つめてしまう。


あなたがやってくる。


「ねえ、クリフト!お母様のお墓にこの花を差し上げたいわ!」
手には抱え切れないほどのエニシダ。
「どうなさったのです、見事なエニシダですね」
「素敵でしょう、サランの町でいただいたの。よかったら姫様お持ちくださいって」
「ちょっと待ってください、なんでサランにいらっしゃったんです。今の時間は城の外に出てはならないと…」
「しーっ!ちょーっと抜け出しただけよ、ね、それより、この花をお母様に差し上げたいの。つきあってくれないかしら?」
「仕方ないですね…では、陛下に王家の墓への立ち入りをお許し願うように申し上げてきます」
「いいのよ!私がいるんだから!はい、これ!」
キメラの翼を差し出される。
「ご用意のよろしいことで」
私は苦笑して、キメラの翼を放り投げた。


「だいぶ来ていなかったわ」
「そうですね、私も忙しさにかまけて……」
「うん、でも、こうして今日来たから、お母様もお許しくださってると思うわ」
あなたはエニシダを捧げる。
「ね!ほら、素敵でしょう?」
「素敵…とはどういうことです?」
「このグレイのお墓に、この黄色がとても似合ってるでしょう!お母様、きっとお喜びよ!私、この花をいただいたときから、きっとこのお墓に似合うって思ってたの」
墓前にどんな花が似合うとか似合わないとかそういう風に考えたことはなかった。
私は少し面食らってしまう。

「お母様はどんなお花もお好きだったけれど、絵になる花だと思うのね、これ。お母様、素敵でしょう?」
エニシダの前にたたずむあなたの巻き毛が、エニシダに似合いすぎて思わず見とれてしまった。
「お祈りしましょうか、クリフトもいっしょにしてね」
「ええ」


王家の墓を出ると、少し太陽がまぶしかった。
「やっぱり外はいいわね。お母様もずっと昔の人も、あんなところに閉じ込められていては気の毒よ」
「気の毒と仰られても……」
「私は、王家の墓に入りたくないわ、できることなら、外の明るいところに埋葬されたいの」
「縁起でもないことを仰ってはいけません!」
私は、正直、頭にきてしまった。姫様が亡くなることなんて考えたくない。
「たとえばの話よ、だってそうじゃない?だだっ広いあの地下の墓に埋葬されて、たまにしか人は来てくれなくて。それよりは、明るい日の光の下でいつも誰かが通るところに埋葬されたほうが楽しいわよ」
死後の世界に、楽しいとかつまらないとか、そういう風に考えられるものだろうかと苦笑した。
そう思いながら、いつも天国に行けるようにこの世では云々などと、教えを説く自分は嘘つきだな、と思ってもしまう。
姫様の仰るとおりかもしれない。


「クリフト、覚えておいてね」
「え…?」
「帰ろっか」
あなたはキメラの翼をサントハイムに向けて放り投げた。





私は、かなり長くエニシダの前にたたずんでいた。
―――クリフト、覚えておいてね。


何を?
何を忘れることができるのですか。

エニシダを見るとあの初夏の日が思い出されて仕方ないのに。
エニシダの向こうで笑ったあなたを。


王家の墓に埋葬されるのを嫌っていたあなたは、あそこで寂しい思いをしていらっしゃらないのだろうか。

エニシダを抱え切れないほど持って、今すぐにでも駆けつけたい思いにとらわれる。


「馬鹿ね」
「え?」
「覚えておいてねって言ったんだから、こうしてクリフトが覚えておいてくれるだけでいいのよ」
「それはもちろん……」
「明るいところには埋葬されなかったけれど、あなたがこの花を見ると私を思い出すのなら、私、エニシダになって、ここであなたを見てるわ、泣いちゃダメよ、クリフト」




風が吹いて、エニシダの枝が揺れた。
私には分かった。

今、あなたがやってきたのだと。





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聖母マリアとキリストの居場所をヘロデ王の軍隊に教えたり
キリストを探し求める人がこの木を持ち歩いたりと
キリスト教と縁の深い植物(Mikan's Roomさんのサイトより)だそうですが
なんと魔女の箒もこの木で作るそうです。
ヨーロッパではなじみのある木なのかもです。
エニシダって花がたくさんついて、見事ですよね
初夏の山吹色はアリーナに似合うときっと思う…。

どんなことでも、忘れ去られるのは寂しいかもしれない。









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