ライラック




「少し寒いわね」
「そうですね。花冷えとでもいうのでしょうか。…ああ、リラ冷えですね。姫様、向こうから花の香りがしますね」
「さっきから、すごく綺麗だな、と思っていたのよ。近くに行ってみない?」

紫の花をつけた一面の木は甘い香り。

「ライラックじゃない。さっき『リラビエ』とか言わなかった?」
「ああ…『リラビエ』ではなく『リラ』です。ライラックの別名なんです。リラの咲く頃、今から暑くなる矢先の一瞬の寒さ、花冷えがする…それでリラ冷えと」
「綺麗な言葉ね。そう考えると、この少し寒いと感じるのも素敵だわ」
「そうですね。美しい言葉ですね」

リラ冷えという言葉がこんなに美しいと思えたのは、アリーナが素直に言葉の美しさを感じてくれたからだ、とクリフトは思う。
周りは少し寒いのに、胸の中には暖かい想いが広がる。


ライラックの花びらがふわりと落ちて、クリフトの髪にかかる。

「あ、クリフト似合うわよ。しばらくそのままにしといてよ」
「え、そんな」
「だめだめ、振り払わないで。あなたの髪の色にすごく似合ってるから!」

ライラックの紫の花びらが、クリフトの青い髪を飾る。アリーナはたまらなく綺麗だと思う。

「恥ずかしいですよ、もう、いいでしょう?」
「このまま、城に戻ろう?ね?みんなに見せてあげたいの」
「ちょ、姫様!」


花びらを落としてしまわない程度にクリフトの手を引き、アリーナは急ぐ。
なぜだかわからないけど、今のクリフトをみんなに見てもらいたい!


「お父様!ブライ!クリフトを見て!ほら!綺麗でしょう!」
「姫様!もう勘弁してくださいよ!」
ブライは顔をしかめる。
「なんですかな、姫。もう少しお静かに…ん?なんじゃ、クリフト。仮装大会か?」
クリフトは赤面している。
国王は笑った。
「よく似合っているではないか。さすがじゃな」
ブライは怪訝そうな顔をする。
「陛下、さすがとはどういう意味のお言葉で?」
国王はブライに耳打ちをした。
「はあ…そういうことですか。まあ、それは……陛下はそういうおつもりなのですか」
「クリフトさえよければだが。ブライは反対か」
「いえ、そんなことは…ただ、ちょっと驚きましたので……」
ブライはあいまいな返事をした。アリーナもクリフトも気になって仕方がない。
「お父様!ブライにばかり教えないで、私にも教えて!さすがってどういうことなの?」
「ふむ……あと3年ほど経てば教えても構わん」
「3年!3年って何よ!今、教えてよ!」
「いいかね、アリーナ。王族の結婚には順を踏まんといかんのだ。好きだからってすぐくっつかせるわけにはいかんのだよ」
「はあー?お父様、何を仰ってるの???」

クリフトは紫の花を髪につけたままの状態で固まっている。
そうだ。思い出した。
この花の異名は。
この花の――――。



『王子の羽根』



それって――――?
まさか?
この私が?


クリフトが卒倒して、ライラックの花びらがじゅうたんに舞い落ちて。
部屋中大騒ぎになって。


国王がいたずらっぽく笑っているのを、アリーナの母親の肖像画がたしなめているように見えた。



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リラ冷え。なんと美しい言葉でしょう。
ライラックもリラも綺麗な言葉。そして王子の羽根だなんて、綺麗な異名。
こんな綺麗な花の咲く6月の北海道は素敵な季節ですね。









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