冷雨に咲いた笑顔




「うるさいわね!いっつもいつも! 私だって、たまには一人で行動したいし、一人で考えたいわ!
もう、ほっといてよ!」
「姫様!!」


亜麻色の巻き毛は振り返ることなく、城の外に消えた。
呆然と私は立ち尽くしている。

今のような言い方をされたのは、初めてだった。
つい、いつものくせで、姫様に構い過ぎてしまった。というか、まったく無意識だった。

いつもと同じように。
いつもの言い方で。
いつもと何も変わらない今日がスタートするはずだったのに。


過干渉。
頭の中をその単語が駆け巡る。


自分の部屋に戻って、今の出来事を反芻してみる。
私は自分でも気づかないうちに姫様の負担になっていたのだろうか。
姫様に手取り足取り、構い過ぎていたのだろうか。
それさえも気づかないほど。


窓際のコスモスが秋の青空に似合いすぎている。
なんだか、今の自分とはかけ離れている空気がそこにある。

今の私は、あまりに冷たい雨に叩きのめされているのに。
秋の柔らかなスカイブルーと、コスモスの優しいピンクを見ていると、わけもなく腹立たしい。



ページの進まない聖書を開いたまま、外を見ていると、ノックの音がした。
「クリフト、ちょっといい?」
「姫様…?」

ドアを開けると両手いっぱいのコスモスを抱えた姫様が立っていた。
「どうなさったんです。それにこのコスモスはいったい…?」
「ね、きれいでしょ?さっき、駆け出して走りに走ったら、いつの間にかテンペの近くまで行っちゃって。
コスモス畑にいた村の人がこんなに分けてくださったの!クリフトに早く見せたくて!」
「…………」
私は、どう反応していいか分からない。
「このコスモスをなるべく綺麗なままクリフトに見せたくて、一生懸命走って戻ってきたのよ!」
コスモスの中から少しだけ見える姫様の顔には、確かに汗が光っている。
私は、なんと言えばいいのだろう。ありがとうございます、なのか、さっきはすみません、なのか。
展開が意外すぎて、対処に困る。


「ね、大きな花瓶はないの?抱えてるの大変なの」
「あ、す、すみません。ちょっと探してきます、座ってらしてください」


ガラスの大きなツボを持って、部屋に戻る。
ドアを開けた瞬間、コスモスの花びらが雨のように降ってきた。

「姫様!」
「コスモスの雨よ!ね、最高の贅沢でしょう!世界中で一番素敵な雨でしょう!」

花の命を粗末になさるなんて!と思わず口から出そうになって、さっきのことを思い出し、ぐっと飲み込む。過干渉だと思われたくない。

赤と白とピンクの雨の中で私はなんと言えばいいのか分からず、言葉につまる。


花の雨を降らせてはしゃいでいた姫様の手が止まった。

「なぜ…なぜ、叱らないの…?」
「え…?」
「いつものクリフトなら『花がかわいそうです!』とか言うでしょ…?」
「…………」
「いつものように叱ってくれればいいのに。私がいつも悪いことをしたときは叱るでしょ、優しく」
「私は………」
「さっき、私がひどいことを言ったから気にしてるのね」
「…………」
「ごめんね」
「え…?」
「私、とてもイライラしてしまって…。最近、王室行事が多すぎて、武術の練習もまったくできないし、お父様もブライも大臣も相変わらずうるさいし、クリフトといるときだけでものんびりしたいな、と思ってたものだから……ほんとにごめんなさい」
「…………」
「私のこと嫌いになっちゃった?」
「ええ!?」
「叱らないってことは、私なんかどうでもいいってことでしょ。さっきので、つくづく愛想尽かしちゃった?」
「そ、そんな、そんなことありませんよ!」
「花を散らしてしまった…コスモスに悪いことをしてしまったわ」

床に散らばるパステルカラー。
私は花びらを拾った。
「このコスモスの花びらを全部拾ってバスに浮かべてみましょうか、そうすれば花も無駄にはなりません。いいバスタイムになりますよ。姫様はお疲れなのです、きっと」
「すてきじゃない!」
私たちは急いでコスモスの花びらを拾い集める。
最後の花を姫様と一緒に取ろうとして、手が触れて、あっと思って手を引いたら…。


「つかまえた!」
「姫様…?」
「最近、クリフトの暖かい手を全然触ってないわ。今日はしばらく離さないでおくわ」

顔に血が上る。何故そんなことを仰るのです。
さっきまでの冷たい雨を感じていた私の心は、急に真夏に変わる。

「ひ、姫様、あ、あの、お手を離して…」
「やだ。クリフトは私の大事な人だもん。一生この手を離さないわ、だから、私も離さないでね」
「え、えええ???な、な、何をいきなり仰るのです!」
「あら?この城を出てどこかに仕えるつもりなの?」
「は…?」
「だってここをやめるってことでしょ、それは許さないわ」
「そ、そういう意味ですか…」
「そういう意味ってどういう意味よ」
「い、いえ、こちらのことで…」

たちまち私の心は熱帯から冷帯くらいまでに下がりだす。自分でもまったく感情のコントロールができない人間だといやになる。


「馬鹿ね」
「はい?」
「人の言うことをそのまま、その通りに受け取るなんて、クリフトって何年経っても真っ正直なのは変わらないのね」
「え…?」
「それっていいことなのかなあ?」
「は……?」
目の前には輝く笑顔。冷帯の私の心にはまぶしい。

姫様はコスモスを自分の亜麻色の髪におかざしになった。

「ね?オレンジフラワーもいいけど、ティアラもいいけど、ヴェールのヘッドにはコスモスもすてきだと思わない?」
「???」

しばらく私たちは無言だった。
「……鈍感なのね、まあいいわ、もう少し待ってる、ね、早くコスモスのお風呂に入りましょう!」
姫様は柔らかく笑うと立ち上がった。
両手にコスモスの花びらを山ほど抱え、嬉々として部屋を出て行かれる。



私は、なんだか雨の中に置いてきぼりにされたような感じを受けてぼうっと突っ立っていた。
神父様が声をおかけになる。

「クリフト」
「はい」
「この馬鹿者!!!!」
「な、なんでしょうか、突然。私が何か」
「お前はこのままでは一生、独り者だ!!もう少し勉強しなさい!!」
「はあ?」


神父様はお叱りになったわりには、目が笑っておいでになる。
それって…?

また教会のドアが開いた。

「姫様?お忘れ物ですか?」

「ねえ、クリフト!一緒にコスモスのお風呂に入ろうか?」



私はそこから先の記憶がない。最後の記憶は、姫様のいたずらっぽい笑顔と神父様の高らかな笑い声。
気がついたときには、私はベッドの上にいた。
心の中の冷たい雨はやんでいたけれど、私の中には熱いスコールが降り出した。



神様、私は明日からどうすればいいのですか?



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もともとはDQオールスターに投稿した作品。
内容的にこちらがいいかなと思い、こちらにアップ。
このお題はかなり難しかったのを記憶しています。








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