ジェラシーと表情と



勇者一行と合流してからというもの、アリーナはすっかりソロの強さにとりこになっていた。
今までは非力な神官と、その上を行く超非力な老人…いや、魔法使いしかそばにいなかったので、仕方のないことである。
今日もクリフトに、夢中で話している。

「ねえ、今日もソロすごかったわね!」
「そうですね」
「もう魔物をバッタバッタと倒しちゃって!」
「ええ」
「ねえ、頼んだら私と手合わせしてくれるかな?」
「さあ…?頼んでごらんになってはいかがですか」
「うーん…そうねえ、ね、どっちが勝つと思う、クリフト?」
「は?……そうですね…」
「私に遠慮しないで言いなさい」
「姫様はお強いですが、やはりソロさんもお強いので…」
「そうよねー。ソロのほうが強いよねー」
「いえ、そんなことは……。私にはちょっと、わかりかねます」
そう言うと、クリフトは心持ち顔を落とした。

「……ねえ、クリフト。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「はい」
「どうして、ソロの話をすると、クリフトはそんな顔するの」
この質問にクリフトはぎくりとした。どう答えていいかわからなかった。言葉を選ぶ。

「私の顔が何か」
「なんか暗いもの」
「そうでしょうか」
「そうよ。わかった、こんな話嫌いなんだ」
「いえ、そのようなことはございません」
「じゃあ、どうして」
「姫様の気のせいです」
「そうかなあ……」
「そうです!」
いやにきっぱりクリフトが言ったので、アリーナはそれきり何も言わなかった。


部屋に戻ってクリフトは考える。
「はあー、顔に出てしまうなんて。自分では気づかなかったけれど、きっとそうなんだろうなあ…。私はまだまだ未熟者だなあ」
ぶつぶつ言っているところにソロが来た。
「何、独り言言ってるんだ」
「あ、いえいえ、何でも」
「顔に出てるぞお」
表情のことを考えていたので、ソロの言葉にまたぎくりとした。思わず質問する。
「あの!」
「な、何だよ」
「私はそんなに感情が顔に出ているのでしょうか!」
「え?いや、冗談だよ。冗談」
「そうでしょうか!」
「…何かあったの?」

話の一部始終を聞いてソロは大笑いした。クリフトは憮然としている。
「何がそんなにおかしいんですか。そんなにお笑いにならなくとも」
「クリフトは真っ正直だからなあ」
またソロは笑う。
「正直ではいけませんか」
クリフトはますます不愉快だ。
「あのなあ、クリフトがアリーナを好きなことくらい、みんな知ってるよ」
「……その、顔に出てますか」
「うん」
「………。…ということは姫様もご存知なんですか」
「いや、アリーナは気づいてないけど」
「……どうしてそんなことがわかるんです」
「アリーナもバカ正直だもん。クリフトが自分を好きなことがわかったら、俺の話なんかしないだろ。きっとまだ恋愛対象としては、おまえのこと見てないんだよ」
これにクリフトは反論する。
「バカとは何ですか、姫様に対して!」
「そういうのが顔に出てるって言うんだよ」
「………」
「だけどさ、俺の話が出るとクリフトが不愉快だということにはアリーナも気づいてるわけだ」
「…別に不愉快なわけでは」
「不愉快だから、変な顔になるんだろ」
「もともと変な顔ですから!」
あまりにも正直な人間は、変に意固地になるんだなあ、とソロは内心ため息が出た。

「とにかく、言えばいいじゃないか、俺の話はやめてくれって」
「そんなことを言う権利は私にはありません。それに不愉快だとも思っていません!」
「言うときは言うんだよ。そんなイライラして話聞いたってつまんないだろ」
「イライラなんか……」
「ほんとか?」
そう言われると、アリーナからソロの話が出ると、落ち着かない気持ちだし、あんまり聞きたくない気がする。

「まあ、アリーナに言ってみろよ。俺の話はしないでくれって」
「それで『どうして?』って言われたら、私はなんと言えばいいのでしょう?」
「そんなこと自分で考えろよ」
「………」



翌日。
朝食時、アリーナはソロに話しかけた。
「ねえ、ソロ。お願いがあるんだけど」
「ん?何?」
ソロはちらりとクリフトを見たが、今朝の彼は聞こえていないかのようにパンをちぎっていた。
「あのね、一度私と手合わせしてくれないかな?」
これにブライが大声を出す。
「姫!手合わせなど何とはしたないことを!仮にも一国の姫が――」
「一国の姫と、手合わせは何の関係もないわ。ね、ソロ、いいでしょ?」
「うん、まあ、俺はいいんだけど…」
またクリフトをちらと見る。ちぎったパンを無表情に食べている。
「じゃあ決まりね!」
アリーナは嬉々として朝食に取り掛かった。



部屋に戻って、ソロはクリフトに言った。
「何で言わなかったんだよ、俺のこと話さないでくれって」
「姫様はソロさんのことを話されていたのではありません。ソロさんと話されていたのです」
「うーん、まあ、そうだけど…」
「ソロさん。私はどうかしていました」
「え?」
「姫様が誰と話されようと、何の話をなさろうと、それは姫様のご自由です。私が不愉快そうな顔をするのがおかしいのです。まだまだ我が強いのですね、私は」
「そういうことじゃないと思うけど…。好きな女の子が他の奴と楽しそうに話すのは、やっぱり不愉快だと思うけどなあ」
「いいんです、別に。私はこんなことで姫様のお心を煩わせるつもりはございません。何も姫様に申し上げることもありません」
「うーん……。クリフトさあ」
「はい」
「言わなきゃ分からないことだってあると思うぜ」
「え?」
「それは黙ってても通じることだってあるよ。でも黙っててはいけないことだってあるんだ。特にあのお姫様には言ってやらないと分からないと思うよ」
「姫様をバカになさるのですか!」
「…違うよ。全くアリーナのことになるとすぐこれだから…。顔に出さないようにするなんて絶対無理だな、お前は」
そう言ってソロが笑った。クリフトは図星なので何も言い返せない。
「言ってみろよ。俺の話はしないでくれって」
「私にはそんな権限は」
「権限なんて関係ないだろ!主従関係の話じゃなくて、男と女の話だろ!」
「…………」
「言わないと後悔することだってあるんだ…」
「?」
「あんなことになるのなら、一言シンシアに言っておくべきだったんだ…」
「……すみません」
「いいよ、とにかくアリーナに言うんだな。隣の空き地でアリーナが俺と待ち合わせてる。俺が病気だとか何とか言えばいいって。行ってこい!」
ソロがバシンとクリフトの背中をたたいた。




宿の隣の空き地の真ん中で、アリーナは体を動かしていた。
いつもながらの軽快なフットワークで、クリフトはしばらくそれを見ていた。
アリーナがクリフトに気づいた。
「あれ?クリフトじゃない!ねえ、ソロは?まだ宿にいるの?」
「あ、あの、ソロさんは、その…」
「?」
「きゅ、急に具合が悪くなられて!」
「そうなんだ…どうしたんだろう、今朝は普段と変わりなかったのに。でも来られないなら仕方ないね。じゃ宿に戻ろうか」
「あ!あの!姫様!」
「どうしたのよ、そんな切羽詰った顔して」
やっぱり自分は顔に出るのだとクリフトは思う。しかし意を決して話し始めた。

「姫様。あの…お願いがあるんです」
「え?何?」
「あの…あのですね」
「さっさと言いなさいよ」
「…あの!姫様!」
「はいはい。どうせもっと勉強しろとか、おとなしくしなさいとか、そんなことでしょ。ブライも自分で言えばいいのにね、クリフトに言わせないで」
「ち、違います!」
「?」
「姫様…。実はですね」
「はやくー!」
「姫様。私の前で…私にソロさんの話をしないでもらいたいんです!」
アリーナの答えは予想されたものだった。
「どうして?」

「それは…私があまりいい気持ちがしないからです」
「うーん。それはなんとなくそんな感じしてたんだけど…。ねえ、どうしてなの?」
「………そ、それは」
「わかった!クリフト、やきもちやいてるんでしょう」
あまりにもストレートに言い当てられてクリフトは慌てた。
「な、なんで、や、やきもちだなんて」
「ねえ、クリフト」
「は、はい」


「私はね、まだまだ修行の身で今からどんどん強くならなきゃいけないの」
「…?」
「だから強い人と戦ってみたいのね。それは何のためだと思う?」
「サントハイムをいつか、元通りにするため…ですか」
「うん。それにね。あなたを守らないといけないでしょう」
「え!?」
「だって、クリフト、弱いんだもん。傍で見ていて心配なのよ。だったら私が強くなって、助けた方がいいでしょ」
「姫様…でも、どうして?」
今度はクリフトが疑問を呈する番だ。思わず、自分が「どうして?」と言ってしまっている。
「うーん…何ていうのかなあ…クリフトだけは私が守るっていうのかな、そんな気持ちがするの。クリフトが倒れたでしょ、あのときから。もちろん、ブライやみんなも私の力で助けてあげるんだけど、クリフトは…なんか特別なのよね」
「特別…」
「うん、大事な人だからね、クリフトは。さあ、これで私がソロの話、したいのわかったでしょう」
「……大事な人なんですか?わ、私が?」
「当り前じゃない。クリフトもブライもお父様も大臣も、それから城のみんなもパーティのみんなも。みんな私の大事な人よ」
「そ、そうですよね…」
「ま、クリフトは、私がいないとダメかなって。私もクリフトがいないとダメだしね!その点ではクリフトが一番大事な人かな?」
「!!」
「でも」
「はい?」
「クリフトがいやなら、もうクリフトの前ではソロの話はあんまりしないようにするね。クリフトに嫌われたくないしね!」
「い、いえいえ!どうぞたくさんお話なさってください!」
「クリフト、ど、どうしたの!?」
クリフトは顔が真っ赤になっていた。




ソロはその様子を部屋の窓から見ていたのだが…。
「やっぱり顔に出すぎだよ、クリフト…。ダメだなあ、お前は……」









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