休息 |
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「どうして遊べないの?」 「僕は勉強があるからです」 「勉強、勉強って、こんないいお天気の日に遊びに行くより大事なの?」 「僕は遊べないんです。この本を読まないといけないので」 「その本を読むことが私と遊ぶことより大事なの?」 「そうではありませんが、でも借りた本なので早く読んでしまわないと」 「それって図書室のでしょ。だったらお父様に頼んであげる。長く借りられるように。だから今は私と遊ぼ!」 はるか昔の記憶。クリフトはなぜか急にそのことを思い出した。 「どうしたんだろう」 なぜそうなったのかわからず苦笑した。もうすぐあの時の少女がやってくる。 扉を壊すように開けて。 「クリフトー、ごめんねー。少し遅れたかなー?」 「姫様。扉は静かにお開けください。それから入る前にノックを忘れてはいけませんよ。神父様もびっくりしておられます」 「ブライもいつもそう言うわ」 「それは当然です」 「今度からは気をつけまーす」 しかし次からも同じことの繰り返しなのは、クリフトにはわかっている。 「では姫様、今日はこの本の224ページから勉強です」 「ねえ、クリフト」 「何でしょうか」 「今日すごく天気がいいの」 「はい」 「さっきね、中庭の木香薔薇が咲いてるのを見つけたの」 「さようでございますか」 「だからね!」 アリーナはこの頭の固い神官にイライラして言った。 「今日は勉強なんてやめて遊びに行こうよ!」 「それはいけません」 「どうして遊べないの?」 「姫様には勉強があるからです」 「勉強、勉強って、この気持ちのいい日に遊びに行くより大事なの?」 「当然です。姫様はいずれこの国を治めていかれる方です。博識でおられなくてはいけません」 「それって将来のことでしょ?だったら心配ないわ。私でなくてもいいじゃない」 「は?」 「クリフトがいるじゃない」 「どういうことでしょう」 「クリフトはずーっとサントハイムにいるんでしょ」 「…そのつもりでおりますが」 「だったらわからないことはクリフトに聞けばいいじゃない」 「そういうわけにはまいりません」 「どうして?」 「姫様は女王におなりの方だからです」 「うーん。言ってることがよくわからないなあ。私が女王になると、クリフトの頭悪くなっちゃうの?」 「いえ、姫様、そういう意味では」 「じゃいいよね?ほら早く遊びに行こ!お弁当もって」 「………」 「クリフト。こんな日に部屋にいてはいけないと思わない?だってそれはお日様の機嫌を損ねてしまうもの。だから今は私と遊ぼ!」 「しかしですね」 「遊びに行こう!テンペあたりまで足伸ばさない?今ごろはきっと綺麗な花が咲いてるわ」 「遠すぎます」 「あ。じゃあ一緒に行ってくれるんだ!よかったー!」 「姫様!そういうつもりで遠いと申したのではありません!」 「クリフト、姫様と出かけなさい」 ずっとこのやり取りを聞いていた神父が言った。 「しかし神父様」 「明日からたぶん雨が続きます。外に遊びに行くのは今日しかないでしょう」 アリーナはわが意を得たりという顔をした。 「そうでしょう?神父様。私もそうなんじゃないかなあって思ってたのよ」 「………」 サントハイムの近くの海辺。 「ああ、気持ちいいー!やっぱり来てよかったよね!」 「ええ、そうですね」 確かに遠くにきらきら光る波間を見ていると爽快な気分になる。 「最近クリフト疲れてるよね」 「えっ?」 「ここのところ忙しかったものね。サランに病人がたくさん出て」 「………」 「サントハイムとサランを行ったり来たりしてたもの」 「いえ」 「サランの神父様だけでは手が回らなかったのよね」 「…姫様?」 「クリフト。少しは息を抜くといいのに。こうやって無理にでも誘い出さないとクリフトは絶対、仕事ばかりするもの」 「………」 「クリフトが体を壊したら、元も子もないでしょ」 「今はサランも落ち着いております」 「そうよ。だから今休まないといけないのよ」 「………」 「無理ばかりする人には、無理して休息を作るの」 「姫様、申し訳ありません」 「ほら。勉強より大事なことがあったでしょ?」 いたずらっぽくアリーナは笑う。 姫様はもう小さな少女じゃない。 思いやりの深い素敵な女性になった、とクリフトは思った。自分の隣で空を見上げているアリーナを、ずっと見ていたい気がした。 「いい天気ねーっ!」 クリフトも空を見上げた。 ブルーの空が広がる。真っ白な雲が初夏をあらわしていた。吸い込まれそうな感じがしてくらくらする。 「あの雲の上には何があるのかなあ?」 「何があるのでしょうね」 「クリフトでも知らないことがあるんだ」 「知らないことばかりですよ」 「でもね、私きっと何かあると思うの」 「そうですね」 「いつか行けたらいいよね」 「はい」 「その時はクリフトも一緒よね」 「はい、そういたします」 「ずっとサントハイムにいてね」 「はい」 「私は何もできないから、そばにいないとダメよ」 何もできないのは自分のほうだとクリフトは思った。アリーナに言ってもらわないと休めない自分こそ、何もできない。 「姫様。姫様が邪魔だとお感じになるまでおそばにお仕えいたします」 「うーん。いずれそう思うことがあるかも」 「え?」 「このごろよく夢を見るの。私がサントハイムを抜け出すの」 「…?」 「一人で行きたいのに、なぜか二人ついてくる夢なのよね。クリフトとブライみたいなの」 「そうですか。それが邪魔なときだと」 「ううん。そうじゃなくて私が熊と戦うときにね、クリフトが横から何か言って熊を倒しちゃうような夢なのよね」 「ではもしそのようなことがあれば、私は極力発言いたしません」 「ふふふ。変な夢よねえ」 1年後、夢は実現する。 |