泣いてもいいですか



「申し訳ありませんでした」
「申し訳ないではすまないのじゃ、まったく。今回は何事もなく収まったからよかったようなものの。お前にしてはあまりにも軽率じゃ」
「一切申し開きできません、本当に申し訳ないことをいたしました」
「……まあ、何もなかったからよかったではないか、ブライ、もうそのあたりでやめておけ。クリフト、次からは気をつけるのだぞ。下がってよいぞ」
「はい、陛下。大変ご迷惑をおかけしました」
クリフトがすっかり落ち込んでいるのをアリーナは心配そうに見ていた。

外国からの王室の訪問が多いのは、一王国として日課のごとくである。
クリフトは今日訪れるとある王家の紋章のフラッグを出して置くように頼まれていたのだった。
クリフトが文献を見なくても、たいていの王家の紋章を覚えているので、間違いないと思われているからだった。
またフラッグが図書室の奥の倉庫にあって、クリフトが置いてある場所を覚えているので、女官達に探させるよりもかえって手間がいらないこともあった。

忙しかったのである。
あまりに忙しくて、つい3日後に訪問予定の王家の紋章のフラッグと間違えて用意してしまった。
間一髪のところでミスに気づき、何事もなかったのだったが、このありえないミスにクリフトは先ほどまで散々怒鳴られていたのだった。


「お父様、クリフトにしては珍しいわ。あんな失敗するなんて考えられないわ、きっと忙しすぎたのよ」
「アリーナ。そうは言ってもやってはいけないミスというものがあるのだ、確かに最近、クリフトは忙しすぎたし、確認作業を他の者にやらせなかったわしにも責任はある。だが、叱らねばならんときはきちんと叱らねばならん、今回のことは下手をすると、大問題に発展した恐れもあったのだから」
「それはそうだけど……」
「まあ、心配なら、クリフトの様子を見てくるがよかろう」
「はい、そうします」



「クリフト、いるー?」
教会のクリフトの部屋をノックしても返事がない。
「神父様、クリフトはいないの?」
「姫様、クリフトはさきほどからずっと部屋に閉じこもりきりですので、今日はもう出てまいりません、そっとしておいてやってください」
「そうはいかないわ」
「は?」
「クリフト、開けるわよ!」


クリフトは泣いていた。


「クリフト!だめじゃない!めそめそしてちゃ!いつも私を励ましてくれてるクリフトでいてくれなきゃ!」
「姫様、こんな姿お見せしたくないです、みっともないです、どうかお引取りを」
「馬鹿ね。ほらほら泣かないで」
まるで母親みたいに慰めるアリーナに余計泣けてしまう。
「お茶はこれだっけ?よし、今日は私が特別にクリフトにお茶を入れてあげよう!」
「い、いえ、私がやりますので」
「座っててよ、うーんとおいしいの入れてあげるからね!」

セイロンの茶葉が開き、部屋いっぱいに香りだす。砂糖をたっぷり入れた紅茶が、甘くて温かくてクリフトはますます泣きたくなる。
アリーナはちょっと笑って見せた。

「泣くなんて珍しいね、もしかして、初めて見たかもしれない」
「だからそっとしておいていただきたかったわけで…」
「いいじゃない、私なんか小さい頃、泣くたびにクリフトに慰めてもらってたわ、たまには私にその役やらせてよ」


二人黙ると、静かな部屋に戻る。
紅茶が甘すぎる。
ただ黙ってお茶を飲んでいる。


ややあって、クリフトが落ち着いた感じを取り戻したように見えた頃合いを見て、アリーナは言った。


「あのね、クリフト」
「はい」
「好きな人が責められていると、好きな人が泣いていると、自分の胸が痛いのよ」
「……え?」
「自分が叱られているみたいな、ううん、自分が叱られているよりも、ずっとずっと辛いのよ」
「…姫様……?」
「こんな想いは初めてだわ。クリフトが叱られているのに、自分が叱られているより苦しいなんて」
「…………」
「すごく辛かったわ、すごく胸が痛かった、私、自分のことみたいに悲しかったの、なぜかしら?」
「…………」
「今までも、たくさんの人が叱られるのを見てきた。そのときも辛かったけど、今日ほどではなかったのよ。不思議ね」
「姫様」
「きっとクリフトのことがたくさん好きだから、好きな想いがいっぱいだから辛いのね」
「………あの」
「この城の中の人はみんなみんな大好きなんだけど、クリフトが叱られているときに感じたあの気持ちはなかったのよね、これってどういうことなのかなあ、ね、変でしょ、私」

クリフトは持つティーカップが震えだして、慌ててソーサーに戻した。

「私、好きな想いにランク付けでもしてるのかしら?そんなつもりはないのに。でもほんとなのよ、クリフトが叱られていると、ほんとに辛かったのよね、ね、こんなこと誰にも言わないでね、私、みんなのこと好きな気持ちは本当なんだから。クリフトだけ、好きってわけじゃないのよ、ただ、胸の痛みが激しく違うってだけで」
「…………」
「辛かったの、もうそれ以上、クリフトを叱らないで、クリフトを責めないでって。私が泣きたくなるから、私が叱られているみたいだからって、すごく言いたかったのよ、変な感情よね」
「……あの…私はですね」
「どしたの!やだ、また泣き出して!ちょ、ちょっと!」


泣いてもいいですか。
今だけ、泣いてもいいですか。


クリフトは言葉にならなくて、胸の中でそう言った。
アリーナはますますおろおろしてしまう。

「ああ、ごめんなさい!私、なんかまずいこと言ったの?みんなに悪いって思ってるんでしょ?クリフトだけ特別好きってわけじゃないって、ね、そんな風に思ってよ、クリフトはみんなに優しすぎなのよ、だから、そんなに深く考えないで!私、その、みんな平等に好きだから!だからもう泣かないで!」


優しいのはあなたです。
クリフトは泣けてきて仕方なかった。


今、この部屋は紅茶より甘い。






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格別ヘタレなクリフトでごめんね


For my favorite…





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