サントハイムにて



サントハイム城は魔物の巣窟だった。
誰もいなくなった城に、モンスターだけが大手を振って歩いている。
バルザックは倒したが、城のみんなは戻ってこない。
アリーナは苦しかった。マーニャがなぐさめるのが、余計に悲しくなる。
「ほら、くよくよしたって始まらないんだから!元気出して行こ!」
そう言われても、元気など出るはずがなかった。
ソロは何も言わない。親しい者たちがいなくなった辛さは、ソロには痛いほどよくわかる。
「姫様。必ずサントハイムに人々は戻ってまいります。その日までがんばりましょう。今はサランで体を休められたほうが…。ブライ様も心配なさっておられることでしょう」
クリフトが言った。アリーナはクリフトを見上げた。 藍色の瞳には、悲しさが宿っている。この幼馴染みは、いつでも自分の感情は表に出さず、人の心配ばかりしている。
でも今日のクリフトは、悲しみを隠せないようだと、アリーナは思った。
「うん。そうよね。お父様は、今はどこかにいらっしゃるだけなのよ。大臣も女官長もみんなみんな、どこかに遊びに行ってるだけよね」
「そうです」

城の玄関を出ると、ブライが声をかけた。
「姫様。いかがでございましたか?」
「うん。みんなはまだ戻ってこない」
「………」
「でもねブライ、ますます私は地獄の帝王を打ち倒してやろうという気になったわ!必ずや私のこの手で、みんなを助けてみせるわよ!」
「姫様、じいは、どこまでもお供いたしますぞ!」
「うん」
「このクリフト、きっと姫様をお守りいたします」
「うん、お願いね」
「ちょっとちょっとぉ。アリーナだけじゃなくて、私たちにもホイミかけてよねえ」
マーニャの一言に場は爆笑になる。アリーナも笑う。もういつもの明るいアリーナに戻っていた。

その夜。
さすがにバルザック戦の疲れが取れないソロたちは、すっかり眠り込んでいた。
こっそりアリーナはドアを開けた。同室のマーニャとミネアを起こさないように静かに部屋を出る。
サントハイム城を見たい。ただそれだけだった。

サントハイム城は昼間の戦闘など知らなかったように、静まり返っていた。白く優雅な城は、月の下で浮かび上がって見えた。しかし一歩中に入ると、モンスターが城内をうろついている。
「何やってるのよ!ここは私の、私たちの城なのよ!」
アリーナは、次から次にミステリドールを投げ飛ばす。まるでモンスター相手に憂さ晴らしをしているかのようだった。
何匹倒したかわからないほど荒れまくり、アリーナは玉座の部屋に着いた。

「ここにバルザックが座っていたのよ。今思い出しても頭に来るわ。ここはお父様の席なのに!もう誰にも渡さないわ!お父様が戻ってくるまで!」
ベンガルがアリーナに飛びかかる。
「私に勝とうと思ったら大間違いよ!」
アリーナの会心の一撃が決まる。しかしモンスターの数はきりがない。さすがに疲れてきた。階段を見ると続々モンスターが上がってきている。

とにかく部屋まで行こう!と、アリーナは駆け出した。
部屋までたどり着けば、自分が作った抜け道がある。
アリーナは少し息が切れていた。じっくり休めば回復したのに、眠らずに城に来たものだから、体力が回復していない。
モンスターの気配が後ろからする。 振り向くと、サイ男が大きな鎌を振り上げているのが見えた。すんでのところでかわす。
「はあ…はあ…これ以上戦ったら、体がもたないわ…」
再び鎌が下ろされる。もう間に合わない。

「マヌーサ!」
自分を助けてくれるいつもの声がした。
クリフトが、3階入り口から呪文をかけた。サイ男の鎌はアリーナとは、まるで違うほうをめがけて振り下ろされた。すぐクリフトが駆け寄り、ホイミを唱えた。
「あ、ありがとう」
アリーナの攻撃!会心の一撃!サイ男をやっつけた!
相手が二人になったのを見て、モンスターは引き上げ始めた。

「姫様、危ないところでございました」
「クリフト、どうしてここに?」
「私も城を見たくなりまして。それで姫様をお見かけしまして」
嘘である。
アリーナが出て行くのをクリフトは知っていた。でも、声をかけずにそっと後ろをついて来ていた。声をかければアリーナはきっと自分に気を使う。そう思って密かについて来たのだった。
しかしアリーナは気づいていない。
「そうなんだ…。クリフト、よく一人でモンスターと戦えたわね」
クリフトは苦笑した。
「ええ…まあ、冒険の始めの頃よりは強くなりましたから…」
「うふふ、ほんとね。クリフトは、あの頃よりもずっと強くなってるわ」
「恐れ入ります」

二人はアリーナの部屋に向かい始めた。
「クリフトが来てくれなかったら、死んでたわね」
「姫様なら、ここのモンスターなど何でもありません」
「うん。でもね…ほんとはね…」
「?」
「ほんとは、ここに来るのが恐かったの」
「………」
「お父様のいない城。みんなが消えた城。悲しくなるだけ。聞こえるのはモンスターのうなり声だけ。とても不気味だった」
「………」
「こうしてみるといつもクリフトは私を助けてくれてるよね」
「仕事でございますから、姫様をお守りするのは当然のことです」
「仕事かあ…。ある意味大変な仕事ね」
アリーナはくすっと笑った。クリフトの言外の意味にアリーナは気づくこともない。

二人は部屋にかかる王妃の肖像画を見つめた。
「お母様もきっとこの城を心配なさっておられると思うわ」
「そうですね」
「お母様、私は約束するわ。必ずお父様を、城のみんなを助け出すって」
「私も姫様をお守りすることをお約束いたします」
クリフトの顔をアリーナはちらと見た。悲しみの表情はもうなく、力強い決意があふれていた。
そんな表情のクリフトをアリーナは、今の今まで見たことがなかった。
「クリフト、かっこいいね」
「は?」
「ううん、なんでもない」
「さあ、宿に戻りましょう」
「うん。あのね、クリフト」
「はい」
「ありがとう、いっしょにいてくれて」

クリフトは胸が詰まって「いいえ」とだけしか、答えることができなかった。





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