Thinking of you






「姫さま、お怪我を…」
「やだっ、いらないっ!!」
アリーナは差し出されたその手を振払うと、パタパタと馬車の方に駈けていった。
「ミネアーっ。ホイミしてーっ」
老師が何事かと駆け寄ると、蒼の青年は肩をすくめた。
「……どうやら、すっかり嫌われてしまったみたいですね」



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ケンカの理由はほんのささいなこと。
つまらない意地を張っているうちに、いつもならすぐに言える『ごめんなさい』の一言が、鉛のように冷たく重くのしかかる。
今更どんな顔をして話せばいいかわからない。普通にしようと思えば思う程、構えてしまう。
こんな状態がもう一週間も続いている訳で。





「おーし、このへんでちょっくら休憩な」


リュークの言葉を合図に、深い深い森を抜けたところで馬車が停まる。
昨夜からずうっと歩き詰め。パトリシアの体力も限界に近い。
枯れ木を集めて火を起こし、お茶の用意をしているみんなを尻目に、あたしはこっそりと馬車から離れた。
先程近くに見つけた小さな川へと向かうためだ。


サラサラと流れる小さな水音を頼りに茂みを掻き分けて進んで行くと、森の緑の中に煌めく一筋の蒼。
その水面に顔をボチャンと突っ込み、頭を冷やす。





あたしはなんでこんなに素直じゃないんだろう。
特にクリフトにだけ。
あたしはなんでこんなに優しくないんだろう。
やっぱりクリフトにだけ。





クリフトは無理をして普通に接してくれているのに、あたしは何故だかそれができない。
頭を上げて濡れた髪の毛をプルプルと振ると、向こう側にタオルを持った舞姫が鼻歌まじりにやってくるのが見えた。





「いやー、こんなところにこんな川があるとは思わなかったわ。ラッキー♪この分だと今日は野宿になっちゃいそうだし」
「そうだね」
空返事を返すと、マーニャは明らかに不満の色を見せた。
「あんたこないだからずっとおかしいわよ。なんかあったの?」
そう言って、綺麗に彩られた爪でピンとあたしの額を弾く。


「ま、言いたくなきゃ別にそれでいいんだけどね。やっぱ気になったから」
「……なんでもない、ほんとなんでもないから」
「どうせクリフトちゃんのことなんでしょ?」
「なんでそこでクリフトが出てくるのよぅ」
「じゃあ聞くけど、あんたがそこまでヘコむ理由はあのアホ神官の他に何があるってのよ?」
「……………」



そう、あの日あたしは油断してたんだ。
はぐれメタルを一撃で倒したと思った後、背後から来る魔物の気配には少しも気付かなくて。
危ない、と思った次の瞬間に目に入ったのは緑の神官衣。
突然斬り付けられたあたしを身体ごと庇ったままクリフトは、小さくホイミを唱えた。
自分の方がずっとずっと大怪我をしているのに。





もっと自分を大切にしてよ。





何度も何度もそう言ったのに、また同じことをしたから悔しくて。
わかってるくせにわからないフリをするクリフトに腹が立って仕方がなくて。


あたしだってもう子供な訳じゃない。
怪我をしたら自分の責任だ。そんなことは嫌と言う程、充分理解してる。
だけどクリフトはそれを許さない。 全て自分のせいにして、全部その身に被せようとする。
そんな風に子供扱いされることに苛立って我慢ならなくて、怒鳴って当り散らして現在に至る。





「よくわかんないけど、それは愛されてるってことじゃないの?色んな意味でね。仕方がないじゃない。あんたは大事なお姫様、なんだからね」


だって大切に護られているだけなんて性に合わない。
クリフトがそこまでしてくれる理由だって、あたしが主君であるということ以外にないもの。



「で、あんたはどうしたいの?どうなりたいの?」
「……そんなこと言われたって、わかんないよ」



謝りたい。でも何を?
一緒にいたい。だけどどうやって?
そんな当たり前のことすらどうしていいかわからないのに。




「まあ本人に会って確かめてみたら?」
と、マーニャは親指で後方をクイと差した。


後ろを向いて見ると、そこには両手にバケツを持ったクリフトが所在なさげに立っていた。


「悩める神官さん、水汲みー?」
「トルネコさんに頼まれましたのでね」
「ほら、アリーナ。手伝ってあげなさいよ。あたしは先に戻ってるから」
「えーっ、マーニャもいっしょに…」
「あたしはこうゆう力仕事は向いてないの!だからこれはアリーナ担当!じゃあねっ」

マーニャは軽やかに身を翻すと、岩場を飛び越えて足早に去って行く。
こういう時の彼女は本当に素早い。




「もう………」
「姫さま」



声をかけられた瞬間、ビクン、と肩が震えるのがわかった。



「口も聞きたくない位、私のことがお気に召さないかもしれませんが」



感情を押し殺したような冷たい声が、あたしの耳に響く。



「せめて怪我の手当てだけはさせてください。戦闘中は何があるかわかりません。姫さまもよくわかってらっしゃるとは思いますが、一瞬一瞬が命取りです。少しでも回復が遅れて、姫さまにもし万が一何かあったらと思うと…。私は陛下に顔向けすることができません」




クリフトはいつもそればっかり。 あたしのことを心配ばっかりして。
さっきだって、クリフトはあたしよりもっとひどい怪我をしてたじゃない。
隠したってわかるんだから。知ってるんだから。




「それにこのままですと、他の皆さんも変に思います。私がこんな無理を姫さまに押し付けてしまうのは、筋違いですし、大変心苦しいのですが、旅はチームワークです。残念ながら、今の私達は皆さんに気を使わせてしまっています。せめて他の皆さんの前では、普通に接して頂けますか。私とこのように二人きりになってしまった時は、無視してくださって構いませんから」




たとえ嘘でもそんなこと言わないで。
嫌だ、嫌だよ。
あたしにクリフトを無視できるわけがないのに。




「水汲みはひとりでも大丈夫ですよ。姫さまは馬車にお戻りになっていて下さい」




少し離れた川辺で水を汲み始めるクリフト。
今、どんな顔をしてる?何を考えてる?本当の気持ちを聞かせてほしい。




「……いいよ。クリフトひとりだと、何回も往復しなきゃいけないじゃない。手伝ってあげる」


あたしの言葉に、クリフトは静かにこちらを振り返った。
逆光になってその表情は読み取ることはできない。
だけど。


「……それでは、お言葉に甘えまして」


その顔は、笑っていたと信じたい。




バケツを渡す時、少しだけクリフトの指先が軽くあたしの手に触れた。
ひんやりと冷たい手。 あたしが大好きなクリフトの手。
さっきまではあんなに触られるのがいやだったのに、今はちょっと触れただけでもこんなにも嬉しい。


ゆっくりと歩き出したクリフトの横に並ぶ。
きっとあたしはこうしてクリフトの隣を歩きたかっただけなんだ。


王族だとか姫だとか関係なく、ただひとりの人間として胸を張って。


どうか神様。こんな風にクリフトの隣を歩くのは、いつだってあたしでありますように。
そしていつか彼の大切な人になれますように。



地面に細く長く伸びたふたつの影に、そう願った。





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yukky様のサイトで3456という続き番号を踏んで、図々しくキリリクをお願いしたんです。
それも、ケンカする気まずいクリアリを書いてくださいなんて、難しい注文で。

出来上がったお話は、私の望むシチュエーションどおり!


本当は気になるのに。
キライなんかじゃないのに。

どうしてこんなにもぎこちなくなるのだろう。

そんなアリーナの気持ち。そして
一番大事な人だと気づいたしあわせな気持ち。


もう姫様可愛い!と思いませんか!
yukky様のクリフトはとても落ち着いていて素敵なんですよね…。
私もこんなHappyなクリアリを書きたい…。


ところで「蒼の青年」という代名詞がすごく素敵で
なんとかこの代名詞に似合う壁紙をと思ったのですが、どうだったでしょうか?



こんなにも初々しいクリアリをいただき、本当にありがとうございました!


どのお話も幸せなクリアリばかりです。ぜひ作者yukky様のサイト
「A-Love!!」 で幸せなひとときをお過ごしください。







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