初めて





その感触は、今も手の中に残る。
やむなきこととはいえ、生を奪うという行為になじめない。


「わ、ブライ!なに、このバッタ!大きい!」
「キリキリバッタというモンスターですぞ、姫。退治せねばなりません」
「いよいよ、私の出番ね!」
姫様が、その昆虫形モンスターとでも言うのだろうか、とにかくそのモンスターにキックを入れたのを、私はただ見ていた。
いや、見ていることしかできなかったのだ。
背中に背負った銅の剣は、そのとき、何の意味もなさなかった。


私は恐ろしかった。


モンスターが、ではない。
モンスターを殺す、という、その行為が。


「クリフト!ぼさっとしてないで、そっちを倒してよ!」
姫様に叱られ、慌てて剣を構える。

銅の剣は、切るというより叩く武器だ。
その剣をキリキリバッタに振り下ろしたら。

あっけなくモンスターは倒れてしまった。


いや。
私が殺したのだ。


初めての戦闘。
初めての殺害。
初めての背信行為。


姫様を守るべき私は、なんて情けないのだろう。
今の行為はしかたないことだったのだ。
モンスターは退治しなければいけないのだから。

それでも。
いやな感触。
生まれて初めての感触。


姫様は戦闘に意気盛んだ。もともとそうなのだから。
ブライ様は直接手を下さない。ヒャドがあるのだから。
私は、直接叩くしかない……。
あの感触を、これからずっと。


「クリフト、少し顔が青いわよ」
「いえ、大丈夫です」
「気にしてるの?」
「は…?」
「クリフトはいつも言ってたわ、この世に生きとし生けるもの、すべての命が大切なんだって」
「…………」
「だから、いやなんでしょ、モンスターを倒すのが」
「クリフト!おぬしの考え方は間違ってはおらぬが、相手は悪の使い!どんなに小さなモンスターでも油断はならぬし、倒さねばならんのだぞ!」
「はい、ブライ様、わかっております」


そう、わかっている。
頭では重々理解している。

でも――――。





竜の神は知っていた、クリフトの苦悩を。

少しでも彼が悩まずにすむように。
少しでも彼の気が楽になるように。

だから。
彼にだけ、ザキの呪文を与えた。
それは、敵に苦痛を与えずに即死させてしまう、恐ろしい呪文。


でもこの呪文を使うその人は。
きっと。とても。
優しい。

その呪文は、精一杯の彼の優しさ。


クリフトが初めての感触を味わってから、その呪文にたどり着くまで、少し時間がかかるけれど。





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ちょっと毛色の違う作品です。






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