真夏の空に描く夢 |
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光る気球。 アリーナは手をかざし、去ってゆく気球を見ていた。 「行っちゃったね…」 「ええ」 クリフトも見るともなく気球の行く先を見ている。 一抹の寂しさ。 いつでも会えると分かっているのに。 城が元通りになって、城のみんなも戻ってきて、世界は平和になったのに。 「ねえ、クリフト?…私、これから何をしたらいい?」 「…え?どういうことです?」 「今までは、世界中のモンスターを倒すのだ、悪の手下を倒すのだ、そして、サントハイム城を元通りにするんだって頑張ってきたけど、それがかなった今、私は何をしたらいいのかな?」 「それは今からゆっくり探されるとよろしいのですよ、冒険は終わったばかりではありませんか、さあ、中に入って、お茶にでもいたしましょう。長くほったらかしにしておいたから、お茶もいいのはないかもしれませんが……」 それでもアリーナは動かない。 もう既に見えなくなった気球の方をいつまでも見ている。 「姫様?」 「届かないのね。何でもできると思っていたけど、私は気球がないと、キメラの翼がないと、隣の大陸に行くことさえ難しいわ」 「私も同じですから」 「……生死に関わる呪文を使うことだってできるのによく言うわよ」 アリーナの様子が違うのにクリフトは不審な目を向ける。 「クリフト。……私…最低な人間なの」 「どうなさったのです」 「…なんて不謹慎な、と思うだろうけど。ずっと冒険していたかった。平和な世の中を望んでいたはずなのに。こうして旅が終わってしまうと、もっとやりたいことあったのに、ってそう思うばかり。……私ってひどい人間だわ」 「そんなことはございません。姫様、少しお疲れなのですよ。さ、休みましょう」 「疲れてない!休みたくない!」 「姫様…」 「クリフトのバカバカ!なんで怒らないのよ!」 アリーナはクリフトの胸を叩き出す。もう泣き出しそうだ。 「そんな怒るだなんて…」 「怒ればいいじゃない!わがままだって!わかってるのよ!冒険を、まだしていたいなんて!」 支離滅裂だが、アリーナの気持ちが分かるので、クリフトはアリーナにされるがままになっていた。 バンバン叩かれて少し痛い。 胸を叩かれながらクリフトは青い空を見上げた。高い。雲ひとつない。鮮やかなスカイブルー。 アリーナはふと気づいてクリフトを見た。蒼い瞳に青い空が映る。 「クリフト……?」 「……夢を見ていました」 「え?どういうことなの?」 「また冒険をするのだと。この青い空の下で、姫様と」 「……?」 「もっと長い。一生をかけた。そんな冒険をしてみたいとお思いになりませんか?」 「意味が分からないわ」 「今日の青い空を見て思ったんです。そんな夢を見たんです。姫様と長い冒険をする夢ですよ」 「冒険に連れて行ってくれるの?だったら今すぐでもいいわよ!」 「辛いかもしれませんよ」 「構わないわよ!辛い思いはたくさんしてきたわ!」 「ひょっとしたら退屈かもしれませんよ」 「ありえないわ、城での生活より退屈な生活なんて」 「私は意外とわがままですよ」 「……?ごめん、さっきから、言ってる意味が少し分からないんだけど」 「生涯の伴侶を得るという冒険を、この空の下でお誓いになる気はございませんか?この私と」 アリーナはぽかんとしている。 クリフトはこれは必死になって言った台詞で、既に真っ赤になっている。 「クリフト」 「はい」 「ごめんね。もう少し、簡単な言葉で言ってくれない?ショウガイノハンリョヲエルって何かの呪文なの?」 「…えっ!」 「なんだかよく分からないんだけど、クリフトと冒険に出ることに関しては賛成よ。この空の下で誓うわよ。綺麗な空ね、高くて!冒険のリスタートにはぴったりだわ!お父様にお願いしてくるわね、明日にでも冒険に出てもいいか。帰ってきたばかりで怒られるかもね」 「えっ?あの、あのですね」 「ショウガイノハンリョヲエル、という呪文を探す冒険の旅なのね。私もクリフトの呪文探しを精一杯手伝うわ!」 「姫様!ちょっと待ってください!い、今のはですね」 亜麻色の髪はもう城内に消えていた。 20分後。クリフトは国王の前で必死に弁解する。 アリーナは事の成り行きが分からない。 「クリフト!そなたは旅から帰って休む間もなく、アリーナにそんな大事なことを持ちかけておるのか!」 「も、申し訳ないことをいたしました!つい」 「ついとは何だ!そういう生半可な気持ちで申しておるのか!」 「い、いえ、決して、そのような!」 「お父様、どうしてそんなにクリフトを叱るの。冒険に出たいと言ってるのは私なのよ、クリフトは気を利かせてくれただけで。わかった、わかったわよ、そんなにクリフトを叱るなら、旅には出ないわよ。お父様、これでいいでしょ?」 国王はため息をついた。 「………クリフト」 「…はい」 「そなたの呪文探しの冒険はきっと苦労に満ち満ちておると思うがの…それでも構わんのか」 「…え……?」 1年後の夏。 抜けるような青空。まぶしい金色の太陽。 真夏の空に描いた夢が夢でなくなって。 主役の二人の長い冒険は始まったばかりなのに――――。 「あ!ドレスのすそ、また踏んじゃったわ!女官長、ねえ、少しすそを切ってよ!長すぎるわ!」 「姫様、そんな無茶を仰ってはなりません」 「ねえ、クリフト!このドレス、もっと短い方がいいと思わない?」 「…はあ、そうですね…」 「クリフト様!クリフト様は姫様に甘すぎるのです!これから先、そのようなことでどうなさいます!」 「…す、すみません!」 「女官長、クリフトを叱らないで!」 「姫様もクリフト様に甘すぎるのです!」 二人が真夏の空に描いた夢は。 幸せな長い冒険の続き。 白亜の城に、夏の光る太陽が降り注いだ。 |