爽やかな風と光に抱かれて |
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5月の風はあなたの色だと思う。 風に色をつけるなら5月は緑。あなたの神官服に似ている。 真夏の熱風の焼けつく赤さでもなく、真冬の寒風の厳しい白さでもない。 初夏の風は、新緑の緑。すがすがしい緑。 あなたが5月の風を運んでくる。 緑色の風は若葉を思わせる、そう、あなたは5月と同化している。 5月の光はあなたの色だと思う。 光に色をつけるなら5月はオレンジ。あなたの髪の色に似ている。 真夏のまぶしすぎる金色の光でもなく、真冬の鈍く光る銀色の光でもない。 初夏の輝きは、明るいオレンジ。元気いっぱいなオレンジ。 あなたが5月の光を運んでくる。 光り出す街並みと咲き出す花たち、そう、あなたは5月と同化している。 さっきからお互い見つめあったまま、柔らかく笑っている。 「何がおかしいの」 「何もおかしくありません」 「さっきからずっと微笑んでるわ」 「姫様こそ」 テーブルの上のソーダ水は氷が溶け始めている。 「少し暑いわ、もう初夏なのね」 「ええ、今が一番いい季節ですね」 二人同時に同じ言葉を発した。 「あなたに似合う季節だわ」 「姫様にお似合いの季節ですよ」 二人目を丸くして、大きな声で笑い出した。 彼女は暦をめくった。 光る5月。 そうだった、1年中で一番素敵な季節だった。 今はもうあのときのように笑えないけれど、それでも5月の風は相変わらず優しい。 私は元気です、あなたはどうしていますか。 今でも5月の風の爽やかさと同化しているのですか。 何個もの指環で飾られた指先で、5月のカレンダーをなぞり、少し寂しげに笑った。 彼は暦をめくった。 光る5月。 忘れもしない、姫様のご婚約の整った月。 今はもうあのときの苦しさはなくなってしまった、そして5月の光は相変わらず明るい。 私は元気です、あなたはどうしていますか。 今でも5月の光の眩しさと同化しているのですか。 当時より少し節のある指先で、5月のカレンダーをなぞり、少し寂しげに笑った。 幸せだったし、今もあのときの想い出に生きられるのは幸せなのだと。 「ありがとう」 と、二人同時に同じ言葉を言った。 お互いの声が聞こえた気がして、振り向いた。 木々の隙間から光が差し込み、風が吹いた。 爽やかな風と光に抱かれて。 あなたは一人じゃないよ――――。 誰かに。 いや、5月に。そう言ってもらえた気がした。 夏がそこまでやってきていた。 ------------------------------------------------------------------- ひょっとしたら、想い出に生きるのはとてつもなく不幸せなのかもしれない。 |