結婚式



クリフトはいつもの緑の神官服を脱いで、儀式用の服を身につけた。
「綺麗に晴れ上がってよかった」
窓を見ながら、そうつぶやいた。

「クリフトー!いるー?」
勢いよく扉が開かれて、もちろんそれは誰の仕業かはわかるので、クリフトはいつものようにたしなめようとした。しかし、目の前に飛び込んできた白に圧倒されて次の言葉を忘れてしまった。

(ああ、綺麗!)

「ねえねえ、クリフト。どうかなあ?このドレス」
「とてもよくお似合いですよ、姫様」
「そう?でも、ドレスってすっごく歩きにくいのよねー、特にこのウエディングドレスって、パニエが大きくて、あちこちにぶつかるわ!早く脱ぎたい!」
あいかわらず元気いっぱいのアリーナの言葉に、クリフトは苦笑した。

「姫様、お支度の途中ではないのですか?」
「うん、そうよ」
「でしたら、早くお戻りにならないと。女官長殿が姫様をきっと探しておられますよ」
「でも、一番にクリフトに見て欲しかったんだもの」
「え?」
「クリフトに、ウエディングドレス姿を見て欲しかったの!一番に」
「……それは光栄です」
「ねえ、ほんとに似合う?」
「ええ、とても」
「………それだけ?」
「ほんとにお綺麗です、姫様」
「それだけ?」
「………どういう意味…でしょうか?」
「………私はね、クリフト………」


長い沈黙になった。
祝いの日なのに、何も言えず息苦しい沈黙になる。


「姫様。さあ、お戻りください。私も支度がありますので」
「………クリフトも」
「はい」
「その衣装とてもよく似合うわ」
「ありがとうございます」


どちらも次の句が告げない。


ようやくアリーナが口を開いた。
「クリフトが式をしてくれるのよね…」
「はい、どこまでできるかわかりませんが、姫様方のお式を精一杯努めたいと思っております」
「………どうして……」
「え?」
「……私がここに来たのは……」
アリーナの目に涙が光る。

アリーナの言いたいことがわかってクリフトは慌てる。
「姫様!いけません!」
「……クリフト」
「………はい」
「意気地なし!!」


白いドレスが翻り、ばたばたという足音の後、部屋はクリフトだけになった。


今さら。
今さらどうしようもないではないか。

はじめから決まっていたのだから。

一国の王女と城付きの一神官の恋愛など。


そうひとりごちて、窓を見る。雲ひとつない青空はあまりにも綺麗だった。
「姫様には涙は似合いません。こんな天気のようにいつも明るい姫様でいてください」
ぽつんとつぶやいた。

泣くのは自分だけでいいのだから――。

もうさんざん涙を流したのに、またクリフトの目から涙が落ちた。


サラン教会の鐘の音が鳴り響く。
「今日は王女様の結婚式だよ!」
「アリーナ姫様は、王子様をお迎えになったんだって!」
「いいなあ!うらやましい!!」

ブライはぶつぶつ言っていた。
「まったくこんな小さな教会で式を挙げるなぞ、サントハイム国の名折れじゃ!エンドールの式よりも華やかにすると決めたものを!」
クリフトはブライに何度も言った台詞を繰り返す。
「姫様があまり大げさにしたくないと、お決めになったことですから」
「うーむ。姫様の決めたことなら仕方ないが、それにしてもサランで式を挙げるとは…」
ブライはまだ納得がいかないようだ。

しばらくしてブライがクリフトに尋ねた。

「…クリフト、おぬしはこれでいいのかの?」
「ブライ様。これも姫様のお決めになったことです」
「別に姫様が望んだ結婚ではないがの」
「ブライ様!私は姫様のお幸せだけを!」
「うむ、すまぬ。もう二度とこのことは言わぬ」
「……すみません、取り乱しました」
「気にはしとらんぞ」


「いい天気じゃの」
「はい」
「がんばるのじゃぞ。姫様じきじきに頼まれたのじゃからな」
「はい。では、そろそろ私は参りますので」
「うむ」


教会に消えていく黒い式服を見ながら、ブライはため息をついた。
これで本当に良かったのだろうか。

「それは神の決めることじゃの」

ブライは抜けるような青空を見上げた。
「竜の神よ。次にあの二人が生まれてくるときは、身分の関係ない世界に生まれさせて欲しいのう」
空の一点がきらりと光った。


「マスタードラゴンは何でもわかっておいでじゃ」
ブライは教会へ足を進めた。


「健やかなる時も、病めるときも――」
クリフトのテノールが静かに教会に響く。


今日はサントハイム国王女、アリーナ姫の結婚式。





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