チョコレートを湾岸署に




「おはようございまーす!」
いやに元気に真下が刑事課に入ってきた。
睡眠不足の青島はその大声が頭に響く。
「うっせえよ、もう少し静かに入ってこられないの、係長ぉ」
「先輩、今日は何の日だか知ってるでしょうー?」
「何の日だっけ、お前の誕生日?」
「違いますよ、僕の誕生日はあと1ヶ月くらい先ですよ」
「じゃあ、何の日…あー!バレンタインデーかあ!」
「そうですよ。先輩、雪乃さん、僕にくれるかな、チョコレート」
「そりゃどうかなあ」
「………」


「独身は寂しいねえ」
魚住が横から口を出した。
「係長代理のとこは、奥さん、おっきなチョコレートくれるんでしょうねえ」
言ってしまってから、青島はしまった、と思った。
このあと10分間は、魚住ののろけから逃れられないだろう。
案の定、魚住はアンジェラのチョコレートケーキがどれだけおいしいか、を力説しはじめた。
適当に聞いていると、袴田のデスクの電話が鳴った。

「TAビル2階で、傷害。けが人出てるよ」
「係長代理、事件っすよ。真下、行くぞ」
いつもはいやな事件発生が、今の青島にはありがたかった。
魚住は最後まで言うことができず、不愉快そうな顔をしていた。



「何ですか、朝の犯人。あんな馬鹿が、この世にいるとは思いませんでしたよ」
「うーん、やっぱりチョコレートもらえないのは、辛いんだろうなあ」

青島と真下は、今朝の事件の話をしていた。
バレンタインデーの悲劇かもしれない。
この日をうらみまくっている男が、社内のもてる男に傷を負わせ、そのあとコンビニに逃げ込んで、チョコレート陳列棚を壊しまくった、というあまりにも馬鹿馬鹿しい事件だった。

「ほんとチョコもらえないって、かわいそうなんですね。僕にはわからないなあ」
「お前、何言ってんだよ。言うほど、もらってないだろ。それにいつも義理ばっかのくせに」
「今年はぁ、雪乃さんが本命、くれるんですよ……たぶん」
「どうだか」
「………」






相当以前に書いた物だということが、役職からわかりますね。
真下君は、まだ本店勤務ではありません。




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