さくらんぼ




「いやだ!ねえ、クリフト、どうしてベホマを使わないの!」
「姫様、ここは病室ですからもっとお静かに……」
「神父様だったら、ホイミ使えるでしょ!クリフトが自分でやらないのなら、神父様、お願い!」

ベッドから身体を起こして、クリフトは静かに言った。

「姫様、少し私と話をしましょう、だから、ちょっとお静かに願いますね」
「……姫様、ではない、と何年言い続けたら分かるの」
「いくつになっても直りませんね、もう、口癖ですから」

「では、私は席を外しておりますね、のちほど……」
神父が部屋を出て行き、病室はアリーナとクリフトだけになる。
ベッドの傍らに、小さな桜の枝。花瓶から花びらがこぼれている。


「クリフト。あなたはベホマが使えるわ。
だから、こんな辛い思いしなくても、すぐに治すことできるじゃないの」
「何回も申し上げたことですよ、姫様。
ホイミは戦闘中の傷を回復する呪文で、病気を治すための呪文ではないのですよ」
「そんなのおかしいわよ、戦闘中の傷なら治せるのに、病気にはダメだなんて」
「ホイミでどんな病気も治せるのなら、医師という職業が無用になってしまいます、侍医様も無職になっておしまいです」
クリフトにしては頑張った冗談だったが、アリーナを不機嫌にさせただけだった。
「つまらない冗談だわ。ね、だったら、ホイミで病気を治せないのなら、私、ソレッタまで行って来る、パデキアなら」
「姫様。パデキアでも治せない、と侍医様が仰ったのでしょう?」

アリーナは息を呑む。
クリフトは自らに残された時間を正確に把握していた。

「そんなことないわよ!侍医は、パデキアの効き目を知らないのよ!
あなたが、あのとき、みるみるうちに治ったその現場を見てないんだもの!
私、ほんとに今から取って来る!」
やおら立ち上がろうとするアリーナの腕をクリフトはつかんだ。
「姫様。ホイミでもパデキアでもダメなものはダメなのです。姫様はもっと賢いお方のはずですよ」
「馬鹿よ!私は馬鹿なの!だから、あなたを救うことしか考えられないの!
クリフトはもう少し生きることに懸命になりなさいよ!こんなときまで、た、た、なんだっけ…?」
いいことを言っているアリーナのしまらない結末にクリフトはちょっと笑った。
「達観、ですか」
「それよ!そんな風に何でもわかったようにしてなくていいわよ!もっと生きようって思いなさいよ!」







BACK  MENU  NEXT