アリーナはベッドでクリフトの言葉を思い出していた。


 必ず来るから。
 桜の木の下で、必ずあなたに会いに来るから。


「クリフトは残していったのね。さくらんぼを」
握り締めていたさくらんぼがベッドの傍らに置かれている。
さくらんぼを見ながらアリーナは怒る。
「卑怯よ。さくらんぼだけ置いていって、種だけまいて、あとの世話は私に押し付けていくなんて。
嘘つきで、卑怯で、大嫌いよ、クリフト」



一粒涙がこぼれた。
「これは悲しくて泣いたんじゃないわよ。クリフトが、ちゃんと、ちゃんと約束を守ってくれたから」

会いにきてくれたのだ。確かにアリーナに残してくれたのだ。
「だけど、いっぺんに二人はしんどいわよ。どうするのよ、クリフトの馬鹿」



「だけど、私、頑張るよ。だってクリフトの子供だから……もう、絶対泣かないって約束する」



残ったもうひとつのさくらんぼを口に放り込んだ。
「クリフト、すっぱいわよ!」



その声を聞きつけてか、女官長が部屋に入ってきた。
「まあまあ、お目覚めですか、姫様。それにしても、ご懐妊とは。私も気づかずうかつでございましたが、姫様はご自分の身体のことなのに本当に鈍感でいらっしゃいますわねえ」
年配の女官長は、もはやアリーナに物怖じしない。
「何よ、その言い方」
アリーナは枕を投げつけた。
「元気になられて何よりですよ、クリフト様は、アリーナ様を本当に愛しておいでだったのですね」
「……え…?」
「姫様がいつまでも元気でいらっしゃれるように、姫様がお寂しくないように、姫様に一番大事なものを残しておいでだったのですわ、きっと」
「………計画的犯行な訳ね」
「犯行とは、あまりなものの仰りよう」
二人して笑った。
アリーナは久しぶりに心から笑えた気がした。


「ねえ、あの木がさくらんぼのなる木だって知ってた?」
「存じませんでした、あの桜の木は今まで一度も実をつけたことはありませんでした」
「不思議だわ」
「鈍感なお姫様が気づくようにとクリフト様が、何とか桜の木に実をつけさせたのでしょう」
「さっきから、鈍感鈍感って、うるさいわよ!」



そして、かわいい二つのさくらんぼが誕生する。




数年後。
元気いっぱいでわんぱくな王子様と、聡明で物静かな王女様がサントハイム領内で人気を博すことになるのは、まだ先のお話。




Fin.







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