last education




「クリフト様、姫様をお連れいたしました」
「どうぞ」


少し物憂げに見える姫様は、いつもとずいぶん違って見える。


「どうなさったのです、今日は。いつもならお一人でおいでになるのに…」
「今日は、教会に一人で行っちゃいけないって。お父様もブライも大臣もみんな変。あら、神父様は?」
「明日の準備でお忙しくて」
「ああ、それもそうね。じゃあ、今日の授業はクリフトが先生ってわけね」
「及ばずながら、私が務めさせていただきます」
「勉強なんてやめにしない?最後の時間くらい、勉強しなくたって」
「そうは参りません。明日からはもっとお忙しくおなりになります、しばらく勉強らしいことはできません」
「明日からできなくなるなら、今日からできなくたって、ちっとも変わらないのになあ」


ああ、いつもの姫様だ、こうでなくては。


「それでは、今日はこの神学の本にいたしましょうか」
「ねえ、クリフト」
「はい」
「お茶にしない?私、クリフトの入れてくれるハーブティを飲みたいの」
「それはあとでお淹れしますので、今は勉強に集中してください」
「ねえ、クリフト」
「はい」
「中庭に出てみない?桜草がとても綺麗よ」
「姫様!まじめになさってください!」
「まじめよ」
「でしたら、早く本をお開きになってください」
「何、怒ってるの」
「別に、怒ってなど」


怒っているのかもしれない、今日の姫様は私をいらだたせる。


神学の講義はいつも退屈だ、と姫様は仰る。
しかし、今日くらいは聞いてほしい。
もう二度とこんな授業時間は持てないのだから。
それなのに。
目の前の姫様は、本など見てもいない。
植木鉢の桜草に蝶が戯れているのに、ちょっかいを出しておいでになる。

最後の授業くらい、なぜまじめに聞けないのか。
ブライ様の小言が、自分の口から衝いて出そうになるのをかろうじてこらえて、私は講義を続ける。


「つまらないわ」
「は?」
「私、クリフトと話せるのは、今、この時間しかないのよ。それなのに、いるかいないかわからないような神様の教えなんか聞かされたって、ちっとも頭に入ってこないわ、心にだってしみてこないわ」


頭に入らないのは常日頃からのことじゃないか、と、私は危うくブライ様になりかける。
どうしてこんなにイライラするのだ。
私が私でなくなっている、それは全部この人のせいだ、と早くも責任転嫁をし始める。



「最後の授業くらい」
姫様と私、同時に同じ言葉が出た。
ただその先は、違ったのだ。



「ゆっくり話がしたいのに」
「きちんと話を聞いてください」




「…………」

二人、同時に黙ってしまった。


ああ、どうして今日の姫様は。今日の私は。大事な日だというのに。







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