宿屋。
クリフトは結局一日、鬱々と過ごしたままだった。
部屋に戻って、ベッドに寝転がってしまった。


ノックの音。

「はい?」
「クリフト、いる?入っていい?あったかいお茶を飲みたいわ」
「姫様?すぐ開けます」
突然の訪問にクリフトは面食らう。部屋に入れていいものか迷ったが、とりあえずお茶を出すことにした。

「クリフト、ほら見て!宿のおかみさんに、クッキーもらってきたの、一緒に食べよう!ね、ミルクティーにしてね」
「はい」


砂糖が多めのミルクティーとクッキー。
テーブルに並べると、サントハイム城でのティータイムを思い出す。


ミルクティーを一口飲んでアリーナが言った。
「ねえ、今日、疲れたでしょ?」
「え?」
「自分では意識してなかったのに、私が昨日変なことを言ったからそれを意識してしまったんでしょ」
「……!」
「ごめんね」
「姫様のせいではありませんよ、私は無意識のうちに、みなさんにいい人と思われたいと思っていたのかもしれません…」
「そんなわけないじゃない」
「でも、昨日、姫様は…」
「今日のクリフトを見て分かったの。あなたは、みんなのために何かしている、ということが自然にできる人なんだって」
「…………」
「私は、誰かのために何かする、というようなことはできないの、いつも自分のことで精一杯。
だから、クリフトがいつも誰かのために何かしてるってことは、すごく疲れることなんじゃないかな、
無理してるんじゃないかって、普段からそう思ってたのね」
「…………」
「だけど、クリフトにとってはそれは当たり前のことでしかなかったのよ。
それを私が昨日、つまんないこと言ったから、クリフトに余計な意識をさせてしまって、
それがかえってあなたを疲れさせ苦しめることになってしまったのね」
「いえ」
「あなたがあなたであるということは、誰かのために、ということを無意識にできるってことなのに、
それがあなたの自然な姿なのに、私は私の価値観でしかあなたを見られなかった。
それが今日、クリフトをとんでもなく疲れさせる結果になってしまった、悪かったわ、ごめんなさい」
「姫様。そんな謝られては、私は困ってしまいます」
「ううん、今日のクリフトがダメだったのはみんな私のせいだもの、私はクリフトのことを何も分かってなかった」


今日の姫様は大人だ、どうしたのだろう、とクリフトは思う。
自分の気づかない間に、姫様はこんなにも思いやり深い女性におなりになったのだろうか。
ミルクティーを飲むアリーナをずっと見ていたくて、でも、あからさまに見つめすぎるのはなんだか気が引けて、クリフトはドギマギしていた。
「どうしたの?顔になんかついてる?」
「え!いえ!」
「ふふ、ね、このクッキーおいしいわよ、クリフトも食べてみてよ」
「ええ、おいしそうですね、いただきます」



ややあって。



「ね、クリフト」
「はい?」
「みんなのために無意識に何かできるって、クリフトのとてもすばらしいところだと思うけど」
「は…」

また何か言われるのだろうか?



アリーナは少し下を向いた。聞き取れないような小さな声でひとこと。


「たまには、私の、私のためだけに意識的に何かして欲しいな……」


!!!


さっとアリーナは立ち上がると、慌てて部屋を出て行った。


「姫様!」


今のは何だったんだ?
今の言葉の意味は?
今のは?

意識的に何かして欲しいって?
それって?





クリフトは次の日も散々だった。
真面目な人は、切り替えがうまくできない。

ただ、アリーナはそれを少し頬染めて眺めていた。







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