Vanilla beans |
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どこまでも続く大海原と、青い空。 冒険者たちはただ退屈していた―――。 「どーーーーーーーんっ」 アリーナはいつものように目の前にある大きな背中にとびついた。 「えへへ。クリフト、びっくりした?」 「馬鹿、お前キチンと顔見て突っ込めよっ。俺だよっ、リュークだっ」 「あれーーーー?クリフトさっきここにいたよね。なんで?」 「クリフトはそっち。今、シーツ干してる」 ペロンと白い大きなシーツをめくって、悪戯好きな少女がひょこんと顔を出した。 「クーリーフートっ。お洗濯まだ終わんない?早くお話のつづきしてー」 神官はアリーナに背中を向けてしゃがんで、バケツから洗濯物を取り出しているところであった。 「あ、姫さま。もう少しで終わりますよ」 ピョコンと彼の隣にしゃがみこむ少女からは、ふわりと風にのって舞う甘い香り。 「…何やらいい香りがしますね」 「やっぱりわかった!?バニラエッセンスを耳たぶにちょっとだけつけたの!」 「バニラエッセンスですか…?なんでまた?」 「だっておいしそうじゃない?」 おいしそう…。 全く姫さまは、次から次へと一体どこからこんな発想が出てくるのだろうか。 クリフトは頭を抱えた。 リュークはそんな会話のかみあわないふたりを見て、笑ってる。 「嘘よ!マーニャとミネアがいつも香水をつけてるから『いいなーいいなー』って言ってたら、 『あんたにはまだ早いからこれでもつけてなさい』ってマーニャがつけてくれたの。いい匂いでしょ?」 どこまでも甘ったるい香気は、頭の芯から溶かすように纏わりついてくる。 「ね、この匂い。あたしのこと、食べちゃいたくならない?」 「なりません」 「なぁなぁ。どうして俺には聞かないの?」 ヒョッコリと身を乗り出すリューク。 「リューク、食べたいの?」 「そりゃあ…」 と、言い終わる前に彼の視界は急に真っ白いもので覆われた。 「わわっ!?なんだ!?」 そのままシーツでグルグル巻きにされ、持ち上げられる。 「どうやらあなたはこのまま海に投げ落とされたいみたいですね」 耳もとにヒヤリと響く神官の声。 「いいなー、リューク。あたしもグルグル巻きにされたーい」 「馬鹿っ!これがそんな楽しそうな状況か、もう一度よく考えてからからモノ言えよっ」 アリーナは干してあったシーツを頭からかぶって、クリフトに飛びつく。 「あたしも!あたしも!」 「…ちょっ、ちょっと姫さま!!」 「ちょっとぉー。あんたら遊んでるみたいだけど、洗濯終わったのー?」 その騒がしい様子を見るに見かねた舞姫が声をかけた時、そこにはシーツにからまった勇者と姫君がもみくちゃになって、哀れな神官を下敷きにして床に転がっていた。 クリフトが夕食の後片付けを終えて船室に戻ると、部屋中が甘い香りに包まれていた。 どうやらアリーナが先ほどくるまったシーツは、この部屋にきてしまったみたいだ。 「なー、なんかまだアリーナの、っていうかバニラの匂い、しないか?」 同室のリュークは、ベッドの上で上半身だけ起こして服の袖をクンクンと嗅いでいる。 明らかにこのシーツから香りは漂ってくるのに。 (あぁ、私は今夜この香りの中で眠らなければいけないのか) クリフトはベッドの下に跪き、胸の前で十字を切って就寝前の祈りを捧げる。 「なぁってば、おい。聞いてんのかよ」 「お祈りの時間は邪魔しないでください、と前にお願いしませんでしたっけ」 「お前、今夜こんな中で眠れんの?アリーナのこと考えちゃって、眠れないんじゃないの?」 リュークの碧色の瞳はキラキラと輝いて、明らかに面白がっている。 この状況下では、誰だって眠れないにきまってる。 でも今この部屋を出ていったりしたら、後で数百倍、いや数千倍からかわれることをクリフトはよく知っていた。 「私はどこでだって眠れますよ」 「またまたぁ、強がっちゃって」 「もう寝ますよ!ランプ消しておいてくださいね!」 夜明け頃ようやく訪れた眠りの中で彼が見るのは、やはり、バニラの香りに包まれた亜麻色の夢。 --------------------------------------------------- なんとThinking of youと一緒にこのお話まで頂いたんですよ。 もう嬉しいやら感謝するやら申し訳ないやら…。 yukky様!本当にありがとうございました!! クリフト、お姫様を食べてしまいたいね、きっと。 このお話を頂いたお礼に代えて、頭に浮かんだ言葉を。 僕は今宵の褥だけ バニラの香りに包まれる 禁断の香りは あのひとの―― それは 眠らせない悪いクスリ 僕を覚醒させるだけ むせかえる香りに包まれて 僕は狂おしい夢を見る ごめんなさい、イメージぶち壊しだー。 このお話のような、甘くて可愛くて幸せなクリアリばかりです。 作者yukky様のサイト 「A-Love!!」 で、甘い砂糖菓子のような時間を過ごす幸せを、ぜひあなたも。 |