「あーあ。今年も、恋愛なしのバレンタインだったなあ、私」
すみれが大きく伸びをして言った。
「右に同じー」
青島もあくびする。
電話もなく、刑事課は静かだ。



しばらくして、すみれが声をかけた。
「ねえ、青島君」
「うん?」
「これ食べる?」
すみれが差し出したのは、青島のコートと同じ色の、モスグリーンのリボンでラッピングされた箱。
「え、これ…。すみれさん、誰かにあげるんじゃないの」
「いいの」
「いいのって…」
「いらないの?」
「ああ、はい、もらいます」
「コーヒー淹れてくるね」
すみれは立ち上がった。

青島は、他人にあげるはずのを、もらったってうれしくないよなあ、と思いながら箱を開けた。
小さなメッセージカードが落ちた。
カードを拾った青島は、メッセージを見て自然と微笑んでいた。


『当直、がんばろうね、青島君との当直、私もがんばれるから』


そして箱の中身は、いろんな形の一口チョコ。可愛らしい。


すみれがコーヒーを持ってきた。
「すみれさん」
「なによ」
「ありがと」
「か、勘違いしないでよ、それは、来年のための予行演習っていうか…、そ、そうよ、別に青島君にってわけじゃないのよ」
嘘が下手なすみれは、しどろもどろしている。
青島は心からうれしそうな笑顔を見せながら言った。


「当直、がんばろうね、すみれさん」
すみれは青島に背を向けた。だから、彼女が心持ち赤くなっているのに、青島は気づかなかった。






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