このケーキ屋は、セレクトしたケーキをそのままそこで食べられるように、小さなカフェがついている。
「真下さんはなんにします?私はミルクティー」
「あ、じゃ僕も、それ」
真下には予想外の展開である。雪乃は、なかなか食事やデートに付き合ってくれないのに、今日は、どういう風の吹き回しだろうか。
「真下さん、こんなケーキが好きなんですね」
真下は適当にケーキを選んだことを後悔した。


「おいしいですね、ここのミルクティー」
「そうでしょう、私、大好きなの」
「雪乃さん、よく来るんですか」
「すみれさんと時々お茶したり」
真下は自分でもくだらないことを話している気がしたが、まったくこういうシチュエーションを予測していなかったので、いい話題が見つからない。


「あの、雪乃さん?」
「はい」
「あの、どうして…」
「どうしてバレンタインデーなんてあるんだろう」
「はい?」
「女の子から告白する日だなんて、誰が決めたのかしら」
「はあ」
「チョコレートに愛をこめるだなんて、製菓会社の陰謀だわ」
「はあ」
「なんで女の子から」
「雪乃さん?」
「改まってチョコレートなんて渡せないじゃない、恥ずかしいし」
「?」
「……ケーキおいしいですね」
「雪乃さん…?」
雪乃は、下を向いてしまった。
偶然を装う、このケーキセレクトは、そういうことだったんだ、とようやく真下は気がついた。
なんとなく居心地が悪くて、なんか照れくさくて、ここを脱出したいような気がした。
でも、今までで一番素敵なバレンタインデーだと、真下は思った。


「雪乃さん」
雪乃は顔を上げた。頬に赤味が差していて、とても可愛い。
「すごくおいしいですよ」
真下は、生クリームがいつもより甘く感じた。







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