「あ、あの、アリーナさん、ごめんなさい。皮むきは急がないので、タマゴを先に割ってください」
ミネアが引きつった笑顔を見せながら、アリーナの手から包丁を取り上げた。
ソフィアとマーニャは、ほっとした顔をした。


アリーナはタマゴをつかんで割った。
一同絶句した。
そこにあるのは、アリーナの力で思い切り割られたタマゴの残骸だった。



アリーナの手には、べとべとする白身。
「あー、ごめんなさい!こんな風に割っちゃいけないのよね?」
「あのさあ」
マーニャが遠慮気味に言った。


「アリーナって、一度もこういうことしたことないよね?」


確かにアリーナは一度も料理をしたことがなかった。
サントハイム城で習ったのは、つまらない勉強としんどい刺繍と、そして少し楽しいダンス。
こっそり抜け出して、衛兵たちと力試し。
むしろ、厨房にしょっちゅう立ち入ることは許されていなかった。

そう、おなかが空く頃になると、テーブルにはもう温かな料理が並べられていて。
旅に出てからも、宿屋で出された料理を食べるだけで。



「うん…したことない」
アリーナはぽつんとつぶやいた。
「一度も考えたことなかった?誰がどのように、自分に食事を作ってくれてるのか」
「姉さん。アリーナさんは、お姫様だもの。料理なんてするわけないじゃない」
「違うわよ。責めてるんじゃないの。ただ世の中には、生まれてから一度も台所に立ったことのない…、ううん、立つ必要のない人もいるんだなあって思って。やっぱ、いいなあ!お姫様は!うらやましい!」


最後はマーニャらしく、心底うらやましそうな声を出した。
もちろんそれは嫌味でも何でもなかったけれど、アリーナには何もできない自分をますます実感させるような言葉に聞こえた。






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