あまり考えたことはなかった。
いつも隣にいるから、いなくなるということを考えたことがなかった。
そう言われればクリフトがいなくなるのを恐れていたのかもしれない。
しかし。



「クリフトに限らず誰でも失いたくはないわ」
「失礼いたしました。
でも。私もそうなのですがこの人だけは渡したくない、失いたくない、という人がいるものだと思うのです。
私はいずれ結婚したいと思っている人がいます。貧しい商家の娘なので野望を抱く父は反対するでしょうが、私はなんとしても彼女と結婚したいと思っています」
「そうなの。あなたのような方に慕われるその方もとてもすばらしい女性だと思うわ」
「まだ彼女には何も打ち明けていません。いつも一緒にいるのでかえってそういうことを話せる機会がありません。しかし私は彼女を失いたくない」


そうなんだろうか、とアリーナは思う。
あまりに一緒にいる時間が長いので、いなくなる、ということがイメージできない。
だが。

クリフトがもしいなくなったら?


「アリーナさんもきっといずれお分かりになります。クリフトさんがいなくなってしまわれたら どんなにお辛くお寂しくなられるかを」
「……そう…かもしれないわね」
「クリフトさんをそういう人だとお思いになっていらっしゃらないのですか?」
「そういう人?」
「その……つまり、恋愛対象とか、結婚をお考えになるとか……」
「……なんかそういう風に思えないのよ。そこにいるのが当たり前だと思ってるから……。
ほんとは私も王家の一族ではあるし、結婚とか跡継ぎとか考えなくてはいけないんだろうけどね。
でもそれがクリフトとなると実感がわかないわ。第一、クリフトがどう思ってるかも分からないし」
「お互い本当にご信頼なさってらっしゃるのでしょう。だからこそ、クリフトさんがいないということを考えられないのですよ」


アリーナは目の前の青年がちょっとまぶしく見えた。
クリフトに似ているけれど、クリフトが言わないようなことをいう人だ。


「シャルルさんと仰ったかしら、もしかしたら私はあなたに惹かれていたかもしれないわ。あなたはクリフトに似てるけれど、言うべきことはちゃんと仰る方ね」
「光栄です……が、クリフトさんとは比べ物になりませんよ。先ほども申しましたが、アリーナさんの前だから言える話であって彼女の前ではからきし……。
お戯れはいけません。いいですか。これはあなたと私との秘密の話です。誰にも仰ってはいけませんよ。特にクリフトさんには」
「分かったわ。秘密の話ね」
「そうです。今、ここで忘れてしまうべき話ですよ」



数時間の滞在後、鮮やかなグリーンの絨毯を残し、商人は帰っていった。
息子シャルルの縁談はかなわなかったものの商談は成立したようである。








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