少しの沈黙があった。
でも、それは耐えられないような苦しい沈黙ではなく、どこかあきらめにも近いような。やさしい沈黙。
この時間が続きますように、と思っていたときに、姫様が語りだした。



「クリフト。あなたが私に教えてくれたすべてを忘れないわ」

いきなりどうしたのですか?私に礼など。それは口には出さなかった。

「ありがとうございます」
「あなたは神という形のないものを信じている、目に見えなくともあると、常々言っている。
だから、私もそうなのかなって思ってる。これってクリフトの教育の成果かもしれないわね」
「そうですか。でしたら、私もお教えした甲斐があったというものです」

「形ある私の存在より、もっと大事なものがあるのね」
「え…」
「それがあなたには信仰の道だったのよ。私には違ったけど。
でも形としてなくても信じられる、ということはあなたに教えてもらったわ」 



姫様の、目に見えなくとも信じているものは。
それを聞いてどうする。わかっているのに。
これ以上、哀しい思いをさせたくないから、何も言わず何も聞かない。


嘘だ。
これ以上のことを知るのが怖いから聞かないだけだ。
自分では、抱えきれない想いを受け止める自信がないから聞かないだけだ。




今度の沈黙は辛く長い。
卑怯者だ、弱虫だと、なぜなじってくださらないのだ。
そう思う自分の中に、なじられずにどこかほっとしている自分がいるのを認めざるを得なくて、私は自己嫌悪に陥る。




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