姫様はすっくと立ち上がる。
「クリフトをひっぱたきたいわ、信仰なんて目に見えないものに凝り固まっているあなたを」


「構いませんよ。でも信仰は人の大事な」
「また、そんな堅苦しい話、やめてよ。叩くなんて冗談よ、私がひっぱたいたら、クリフト気絶してしまうわ」
ああ、昔のように可愛くお笑いになる。

「でもなんだか納まらないわね、そうだ、この本棚を壊してしまおうかな。そのくらい、いいでしょ?」
昔のようないたずらっぽい瞳。


そうだ、壊してしまえ。
命より大事だと思い続けてきた聖書も。
神学の本にはさんだブロマイドも。
ひそかに思いをつづった日記も。



姫様が本棚を蹴り上げる。


樫の木の本棚から本が飛び出す。
ああ、でも。 

壊れない―――。

壊れなかった、本棚は。


あんなにお強かった姫様は。
木の壁さえ壊しておしまいになった姫様は。


もうここにはいないのだ。



十年の月日が経ったのだ。
十年の月日が経ったのだ。



「やだ、見た?クリフト。だめじゃん、あたし」
「ええ、最低です、姫様」

おかしくて。
いつもなら、そんな蓮っ葉な言葉遣いはしない姫様。
いつもなら、最低だ、などという言葉を、私が姫様に向かって口に出すなど、ありえないのに。



言葉も、壊れなかった本棚も、私たちも、もう、めちゃくちゃおかしい!

ふたり、声の限りに笑い出した。


おかしい、最悪。
笑っているのか泣いているのか、わからない姫様の表情がまたおかしい。
私もきっとそうなのだろう。


ふたり、死ぬほど笑った。きっと、たぶん、泣きそうなのをばれないように。







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