「ねえ、いっそのことこの部屋中壊してしまおう」
姫様の提案に、私は早くも花瓶を投げる。
「クリフト、力が足りないわ、しょうがないわね、私が見本を見せるから」


壊してしまえ、壊れてしまえ。
最初からそうすればよかったのだ。

身分とか、神に仕える身だとか、そんなものは壊してしまえばよかったのだ。

それができなかった。
私も。
そして姫様も。


部屋のあちこちで、物が割れる音。本が破ける音。
ティーセットは砕かれて、ただの破片に。
小さなミラーは、ガラスのガラクタに。

ああ、でも、姫様、その像だけは壊さないで、神の像だけは。
こんなときにまで私は。



姫様はペーパーナイフを握っている。
「死んじゃおうか、ふたりで」
「いいえ。それは」
「だめだよねえ、自殺なんて神の教えに背くことだもんねえ」
なんだか、そこらへんにいる酒場の女みたいだ。
もう、皮肉なのか、本音なのか、私にもわからない。




大人になったのだ。
姫様はもう大人におなりになったのだ。
そして私も、大人になってしまったのだ。



ふたり、汚らしい。
汚らしいと思うのに、姫様はなぜだか、美しい。
姫様はこんなに美しかったのだ。
理性が吹き飛びそうになるのを、やっとのことで堪えている。



退廃的。刹那的。この部屋は淀んだ空気。でもその中の姫様は美しい。
汚いってことは美しいこととイコールなんだな、とぼんやり思う。







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