「クリフト」
姫様の声が少し小さくなって、よく聞こえない。耳を近づけたら。

「私は一生、あなたのそばにいるの、クリフト」
「え…?」
「あなたを愛した、それ以上の愛をもって、あの人の妻になるの。 でも、心の一番奥でクリフトとつながっているよ」
「それはだめです、そんなこと……不謹慎です」
「不潔だって言いたかったのでしょう」
「い、いえ」
「不潔かなあ。あなたをいつまでも忘れない、忘れられないという気持ちは純粋だわ」
「だからといって、ふたりの人間を一度に想うことなどできるはずがありません。
私のことなど、すぐ、今すぐお忘れになって」


「忘れることができる?クリフトは私のこと忘れてしまう?」
「……いいえ、でもそれとこれとは」


「ねえ、クリフト。心だけは自由だわ。そのくらいは神様だってお許しになるわよ」
「…………」

「身体はもうどうにも自由にならない。私たちを取り巻く環境も建前も、私たちにはどうしようもできなかった。
あなたは敬虔な信者である、という立場を捨てられなかった。神の教えに背くことはできなかった」
「………もう、そんなことは…」
「違うの、クリフトを責めているんじゃないのよ。私も同じだから。
私も捨てられなかった、一国の王女である立場を。
次期女王になるのは私しかいないのだから、そんな理由で自分自身を納得させて
あなたのところに行くという選択肢は取れなかった」
「……当然のことです」


「でも、心のどこかであなたが生きている、ということだけは、私からは奪い取れないわ。
たとえ神様にお叱りを受けても、そう思う気持ちは神様だってどうしようもできないもの。
だから。ううん、心しか自由になれないの、私もあなたも」
「…………」


「約束して。ずっと私のそばにいるって。離れ離れになってしまっても。この世でもう会えなくなっても、ずっと」
「………ええ、ずっと」







残酷な約束を私たちは交わす。







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