クリフトは鏡を抱えたまま宿に戻ると、宿の玄関にアリーナの姿が見えた。
「姫様、どうなさったのです。もう寒いですし、早くお部屋にお戻りにならないと」
「どうなさったのかはこっちの台詞よ。今までどこに行ってたの」
「え?え、いえ、ちょっとそこまで」
アリーナのことを、ミネアに占ってもらいに行ったとは言えない。
「言えないのね」
「たいしたことではございません、さあお部屋に戻りましょう」
「女の人と会ってたのね」
「ええ?」
「なんでもないわ」
アリーナはさっさと階段を上がっていってしまった。




私が女性と会ってたなんて。どうして姫様はそのようにお思いなのだろう。
いや、その前に。どうして姫様は、そういうことをお気になさるのだろう。
まさか――?



その答えを想像して、かぶりを振った。
自惚れるな、クリフト。



「そうだ、鏡だ」
クリフトは鏡を取り出した。
見るのが恐ろしい鏡。
人の心の奥底を覗き込むなど、聖職者の私がして良いのだろうか。
でも見たい。姫様のお心を知りたい。



目を閉じた。
そしてゆっくり鏡を覗き込む。



何も映らない。映るのは自分の顔だけ。



クリフトは目をこすってみた。



やはり自分の顔のほかは何も映らない。



どういうことだ?



何も映らないということは、姫様は私のことを何ともお思いでないということだろうか。
嫌われてはいないのだ、でも――。
いや、嫌われてないだけいいではないか。



クリフトは鏡をしまいこんだ。







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