「クリフトが幸せになってもらわないと、私困るわ」 「幸せですよ」 「ほんとに?」 「はい」 「どうして?どういうところが?」 「ここは静かに時が流れていきます。祈りのうちに1日が終わる。これほど幸せなことはございません」 「……そうかなあ」 「そうです。こう見えても、すっかりこの村の住人なんですよ、私は。畑仕事もしてますよ」 「ええっ?クリフト、畑仕事できるの!?」 「そんなに驚かれなくとも。この島は自給自足が原則なのです。私には、魚は取れない。いつも村の方々にお世話になっています。せめて自分で食べる野菜くらいは自分で作らないと。フレノールでも神父様が畑を作っておられたではないですか」 「ああ、そうだったねー!夜になってから、神父様の畑を荒らして、種を手に入れたことがあったよね?悪いことしちゃったね。フレノールでは、ニセ姫事件なんかあって、楽しかったね!それから、エンドールでは私が武術大会に出て優勝して!それから勇者に会って!それから、それから…」 アリーナは泣き出した。 「…………姫様、ひょっとしてお幸せではないのではないですか」 「ち、違うよ」 「ではなぜ。私が何か失礼なことを申し上げましたか」 「違う!」 「姫様、どうされたのですか」 「クリフトはそれでいいの?ずっとここに暮らしたままでいいの?ずっとずっと一人きりでいいの?」 「申し上げたでしょう。私は幸せだと」 「嘘よ」 「嘘じゃありません。でも姫様がそんな風に泣かれると不幸せになります」 「…………」 「姫様がお幸せなら、このクリフトも幸せなのです」 「……バカ」 「はい」 「じゃあ一生独身でいるの?」 「今はそのつもりで」 「好きな人ができないから?」 「そんなところです」 また長い沈黙になった。それから――。 「ねえ、クリフト。大事なものってなくしてからわかるのよね」 「そうですね」 「サントハイムはあなたがいなくなって、あなたがどれだけ大切な人かが分かった。そして、私もそうなの」 「……!」 「そうなの。なくしたものはもう戻ってこない。クリフトももう二度と、私のもとへ」 「……私などいなくても、姫様には立派な方が」 「あの人に対しては何も文句はないわ。優しいし、王族としても立派だし」 「それではよろしいではないですか」 「でもクリフトじゃないもの」 「!」 「あの人はクリフトじゃないもの」 「姫様。私は」 「いいの、気にしないで。私はクリフトをなくして初めて、クリフトが好きだったんだと気づいたの。あなたがいなくなってから、そんなことに気づくなんて鈍いのにもほどがあるけど」 「…………」 「いつか会える日がきたら、もう絶対会えないと思ってたけど、会える日がきたら、好きだって伝えたいと思ってた」 「…………」 「でも遅すぎたね」 「……いえ、このクリフト、今日ほど幸せな日はありません。…しかし姫様には」 「ううん、そうじゃないの。あの人が嫌い、とかそういうことじゃないの。ただクリフトとは違うということ」 「…………」 「ごめんね」 「いえ」 波の音だけが聞こえてくる。 |