(追憶 第3章にかえて)
「あなたが、クリフト殿だったのですか」 ダール公はまた同じ言葉を繰り返した。 「女王陛下のご逝去、心からお悔やみ申し上げます」 それには答えはなかった。代わりに静かな言葉。 「……あなたのことは、アリーナからよく聞きました」 「…………」 (この人は姫様を呼び捨てにできるたった一人の人なのだな) 一瞬、アリーナという固有名詞に、クリフトはそれを思った。 「船の遭難時はたいへんお世話になりました。しかしアリーナは一言もあなたがクリフト殿だと言わなかったのです」 「…………」 「今になってわかりました。私があの島に、あの村にもう一度行こうとアリーナに申したら、頑として行かない、と言い張った。とても不思議だったのです。もう一度行って直接お礼を申したかったのですが」 「村にたくさんの品をいただきまして、ありがとうございました。村民に代わってお礼を申し上げます」 「当然のことです」 「しかしあなたがクリフト殿だと知っていたら、私はどうしていただろう、あの時…。まだ、あの時、本がなくてよかった」 「あの、本というのは」 「『サントハイムの歴史』という本です。10年程前に編纂されました。あの悪の時代のこともきちんと書かれています。もちろんアリーナのことも、あなたのことも」 「…………」 「いえいえ、変な意味ではありません。本はアリーナが作らせたのです、この国のちゃんとした歴史を書いておかなくてはならないと。1冊お贈りいたしましょう」 「ありがとうございます」 「でも言われるまで気づきませんでした。本ができてきたとき、どこかでこの人を見たな、とは思ったのですが」 「……一度しかお会いしていないのですから」 「息子は愛読書のようだが、私はあまり深く読んでないというのがばれてしまったな」 はにかんで微笑む彼に、クリフトは優しく微笑を返した。 |