(忘れ形見 第2章にかえて)
サントハイム城から、懐かしい香りがするような錯覚を覚えた。 城に行くのは、ためらわれる思いもする。 しかし、やはりアリーナの最期の場所に立ち寄っておきたいと、クリフトは思った。 迷う思いを振り切り歩を進めた。 城の白い外壁に黒いリボンがかかっている。 まだ喪に服す期間であることがそこから読み取れた。 その黒いリボンが壁に映えて美しい、と一瞬クリフトは思い、すぐに不謹慎だと反省した。 (どうも頭がうまく働いていないな……) 城門で二人の兵士に会う。 「旅の方。申し訳ないのだが、今この城は喪に服している最中なのだ。王家の関係の方しか城には入れない。どうかお引取り願いたい」 「ちょっと待て。この方は」 「知っているのか、お前」 「何を言ってるんだ、お前は!――失礼いたしました。あなたはクリフト様ではありませんか」 「はい」 「どなたなのだ、いったい」 「『サントハイムの歴史』を読んでないのか、お前は」 「あ!」 クリフトには『サントハイムの歴史』なる書物に心当たりはない。 「どういう本ですか、それは」 兵士はその質問には答えず、慌てて言った。 「クリフト様ですね。よくぞサントハイムにお戻りくださいました。どうぞ、お入りください」 「よろしいのですか」 「当然でございます。どうぞダール公と王太子様にお会いになってください」 城に入ったとたん、クリフトはタイムスリップした。 アリーナが蹴り飛ばして壊した柱、アリーナがよく顔を出していた兵士詰所、無理やりアリーナを引っ張っていった会議室、そして自分の部屋があった教会。 どれもこれも懐かしくて、そこここにアリーナの声が聞こえてくる気がした。 いや、聞こえた。 「ねえクリフト、もう勉強したくなーい。紅茶淹れてよー」 「お腹すいたね、お菓子焼いてって頼んでこようかな?クリフトも行くでしょ?」 「えー、会議なんてやだなあ。どうせ私わからないもの。クリフトが代わりに出てよ」 「今日新しい兵士が採用されたんだって!私手合わせお願いしてくるわ!」 今は、もう聞くことのできない声がクリフトの頭を駆け巡る。 (どうかしてるな……) 階段を上った。 赤に金の縁取りの絨毯が敷き詰めてあるはずの廊下は、いまは群青色の無地の絨毯になっていた。 2階につくやいなや、背の高い青年が声をかけた。 「クリフトさん?クリフトさんでしょう?僕、この国の王太子のクリフトって言います。母がいつも言ってました。僕はあなたの名前をもらったって!僕、あなたに会いたいとずっと思っていたんです!!」 |